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2009年7月

2009年7月29日 (水)

新聞から 長山藍子さんの話

1、三郎「27日の新聞で、女優の長山藍子さんも戦争の被害を受けた人だということを読んだぞ。見かけがうんとお若いが68歳だそうだから、さもありなん、じゃな。<お父さんが通信社記者だったから、長山さんは中国内蒙古生まれ>とある。今の中国内モンゴルじゃな。想像じゃが、当時の満州国のモンゴル地区じゃなかろうか。そうだとしたら、前に話したノモンハン戦争の現場付近じゃ」 六郎「大変なところですね。そこでご出産とは!・・いかに不便な、いかに不安なご出産だったか?想像を絶しますね。大変な戦争被害ですね」 三郎「ご出産は、まさにノモンハン戦争の年(昭和16年)じゃな。物凄い危険な状況があったんじゃないかい?。・・・あんたに話したじゃろうが、あの頃、関東軍では、辻参謀などが、無謀・無責任に暴走戦争やって、日本兵に、爆弾持たせてソ連軍戦車のキャタビラの下に飛び込ませておったんじゃ。じゃが現地被害者は、長山さんのご家族にも大きく及んでおったんじゃ。ほんまに大変じゃったと思うぞ。そんなこと、辻参謀の頭の中には、勿論、露ほども無かった」

2、三郎「長山さんが4歳の時(終戦後)生まれたばかりの弟を背負った母に手をひかれて帰国した。父とは途中ではぐれた、とか。その時の不安・苦労も想像を絶するぞ。帰国して一緒になった父は、長山さんが中学生の時に亡くなった。母も長山さんが20歳半ばの時に亡くなった。ご両親の早世にモンゴル在住が響いておるかも知れんぞ。そうなら、これも戦争被害じゃ。長山さん自身は今、富士山が見える別荘で、ご主人とそば打ちなどしておるそうじゃ。それはいいが、いずれにしても、ご家族として戦争の大被害者じゃ。・・もっともっとひどい戦争被害者がいっぱいいたぞ。一度しかない一生をメチャメチャにされたんじゃ。わしの両親も、わしら兄弟も、戦争被害者じゃ。そうして、それをもたらしたのは、近衛文麿とか東条英樹とか板垣征四郎とか、辻政信じゃ。彼らの心の隅に、そんな庶民のことは露ほども無かったんじゃ」

3、歴史を学ぶと、近衛文麿や東条英樹が、戦争の結末を予想できておりながら、庶民のことなんか、全く意に介せず、無責任な、ほんまにチャランプランな、政治をしたことがよく分かるぞ。板垣・辻なども、その心情は、<今日の暴走族ややくざ>と全く同様じゃ。・・・これが現実じゃ。これが歴史じゃ。・・・戦後64年経った。その現実・歴史が忘れれてきておる。それだけじゃないぞ。わしゃ、渋谷の紀伊国屋書店に行って、<日本史>の書棚の前に立った。戦争の記録が多くなっておる。それも、<日本の戦争は悪くなかった><日本は、己の立場を強調せねばならぬ>ちゅう主張の本が実に多くなっておる。それを読んで<そうだ、そうだ、やれやれー>ちゅう気分になる人間が多いんじゃないかい?・・実に危険じゃ」

4、三郎「あのな、日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満州事変・日中戦争・(ノモンハン戦争)・太平洋戦争、と見てくれば、なにも日本ばかりが悪いわけじゃない。相手に非があることもあるんじゃ。歴史を正しく解釈することは大事な事じゃが、歴史解釈を悪用して『今こそ日本は自分を押し出すべきだ。おとなしくしちゃあいかん』という主張が多過ぎる。無責任じゃ。彼らの心には、長山さんや、空襲で焼け死んだ莫大な国民や、戦車の下に飛び込まされた青年や、わしの父母や・・・、のあの超悲惨な生涯を忘れておる。個人や国民の誇りを守りつつも、一人一人の一度しかない人生を守ることが、一番大切なんじゃ。紀伊国屋に並ぶ本の著者や、首相や知事の、その心に、<庶民の一度しかない人生は>は、全くないぞ。彼らは今様の近衛文麿・東条英樹・服部卓四郎・辻政信じゃ」

5、六郎「我々、一体、どうすれば?」 三郎「まず、歴史を学べ。政治家や軍人が、おのれの利益や、自己顕示欲や、暴力好みや・・・、の為に、庶民の運命を如何に無視し、狂わしたか?・・どんなハッタリをやって、どんなごまかしをやって・・を、しっかりと知れ。次に今の目の前の、テレビで見る、政治家(首相も知事も)や、学者や、元自衛隊幹部や、・・・の人間をじっくり見ろ。そうすれば、目の前の人間どもが、さっき言うた、<昔の非人間ども>とおんなじかどうか、おのずから、分かってくるぞ。そのうえで、選挙に行け。世論調査に答えろ。・・・そんなことしかないんじゃ。孫子の為に頑張らにゃならんが、そのためには、人間の過去を知って、それを参考にして、目先のハッタリ人間や傲慢人間どもを、たたきのめすしかないんじゃぞ。・・・歴史を学ぶと、例えば近衛文麿が日中戦争を防げたのにそれをせず、しかも<まーええわ、その時はその時だ>ちゅうチャランプラン発言をしたことが分かるぞ。そうすると、麻生首相の、あの、嬌慢にしてチャランプランな言動の意味がわかってくるんじゃ。東条首相が、早くから、<生産力の面からみても、アメリカと戦争して絶対勝てない>ということを知りながら、<精神力だ>などと言って、国民の命を毛ほどの軽さに扱ったことが分かるぞ。・・おるぞ、おるぞ。・・今も・・。おんなじような政治家や学者たちが。そんな人間は、断固排斥せんならんのじゃ」

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2009年7月22日 (水)

ノモンハン戦争を掘り下げる

1、三郎「ここのところ、新聞で、中国のウイグル自治区でのゴタゴタがよく報じられるのう。ウイグル族とは、<9世紀頃、モンゴル高原から現在の新疆ウイグル自治区一帯などに移住してきたトルコ系民族。18世紀半ば、清朝が一帯を征服して統治下に入れた。大半がスンニ派イスラム教徒>じゃな」 六郎「自治区ながら、中国領土ですね。清朝が18世紀に征服したというが、その後、清朝が倒れて、大正元年に中華民国が出来たんだから、現在もそのまま中国領土なんですね」 三郎「中国北部の東の方(北京の北)にはまず内モンゴル自治区があり、その西に新疆ウイグル自治区がある。その南側にはチベット自治区があるほか、中国内部には、チワン族・寧夏回族・カザフ族・キルギス族そのほかの自治区があるんじゃ。一言でいえば、中国内部には漢族以外の種族の地域が、自治区として沢山含まれておるんじゃ」

2、六郎「もっと簡単にいえば、昔征服されて中国領にされた、諸民族地域が沢山ある?」 三郎「然り。中国の55の少数民族人口は全体の8%だが、民族自治地域の面積は64%に達する。地下資源が豊富だが発展から取り残されている。概して、漢族に比べて貧しく、不満が絶えない。ウイグル衝突もその一つじゃな」 六郎「今でも、そういう国があるんですね」 三郎「被征服民族の悲哀じゃな。昭和20年までは日本もそんな地域を抑えておったんじゃな。朝鮮とか満州とか・・・」

3、三郎「ところで、わしゃ、先日あんたに、ノモンハン事件の話をしたな。ノモンハン事件とは、<日本(関東軍)・満州国連合>対<ソ連・モンゴル連合>間の4か月にわたる戦争(昭和14年5月〰9月)のことじゃが、今まで、それについては、戦術・戦備・関東軍と参謀本部の関係などなど軍事面に関する著書が多かった。特に関東軍の板垣・辻参謀たちの暴走、が語られた。それはそれでとんでもないことじゃが、ノモンハン事件(戦争)はそれだけじゃないんじゃ。背後には、<今日のウイグル衝突>に通じる事実もあったんじゃ。60年前も今も、たいして変わっておらんぞ」

4、三郎「前に話したノモンハン事件の概要は次の通りであった。・・・①日本・満州国側もソ連・モンゴル側も、おおよそ2万人前後の死傷者を出したんだが、戦争の原因になった国境線争いは、戦後、ソ連・モンゴル側の主張通りになった。だから日本・満州国側は負けたんだ。②この戦争は、ソ連・モンゴル側は戦車・大砲・飛行機などの機械化軍を繰り出したが、日本・満州国側は貧弱な兵器で肉弾突撃した。③日本は、中央(東京)参謀本部の命令を無視して、関東軍の板垣・辻参謀たちが暴走した。④敗戦の責任は第一線部隊長たちに課せられ、自決・処刑に追い込まれる者が多かった。参謀たち、特に辻参謀は2年後の太平洋戦争で、再び暴走し、多くの日本兵を死に追い込んだ。⑤ノモンハン事件(戦争)の苦い経験は、太平洋戦争に、全然生かされなかった。ノモンハン事件に関する従来の著書は、こういう内容のものが多かったんじや」

5、三郎「だが、今からは、<①ノモンハン戦争に至る歴史的背景>、に迫り、かつ、<②今日のウイグル衝突にもつながる話>をしてやるぞ。<歴史を掘り下げて知る事の面白さや教訓>を、ここから読み取ることができるはずじゃ。・・・・・モンゴル=蒙古じゃが、モンゴル諸語を用いるモンゴル族は、アジア中央部のソ連と中国に囲まれたモンゴル高原を中心に居住して来た。主として、北部のモンゴル人民共和国と中国の内モンゴル自治区に分かれる。モンゴル人民共和国は1924年(大正13年)に成立したが、これがノモンハン戦争ではソ連と連合して戦った。現在の中国の内モンゴル自治区の東の方は、1932年(昭和7年)に満州国が建設された時に、その満州国に含まれていた。だからノモンハン戦争では、この満州国内のモンゴル人は、日本の関東軍と共に、ソ連・モンゴル連合軍と戦ったわけだ」

6、六郎「ノモンハン戦争では、モンゴル人が双方に分かれて戦ったんですね?」 三郎「そうじゃ。民族の悲劇じゃ。・・モンゴル人民共和国はソ連の傀儡国(マリオネット)だった。国民はモンゴル人の中のハルハ族であったが、ソ連はそのチベット仏教(ラマ教)を禁圧し、寺廟の財産を没収し、牧畜の集団化を強制した。ソ連はまた、モンゴル人民共和国が外国や他国の同族と交流を持つことも禁じた。満州国内のモンゴル人はバルガ族が主であったが、当然ハルハ・バルガ両族の間には同じ人種としての親近感がある。民族統一の願望がある。ノモンハン戦争の原因になった国境紛争でも、ハルハ族たちにとっては、両族の交流という意味があった。それだけに、ソ連は、強い警戒心を持った。ノモンハン戦争最大のハルハ河の戦闘でも、モンゴル人民革命軍の死者237人、行方不明32人なのに、これに先立つ10年間に、国家反逆罪で有罪とされたモンゴル人民共和国国民は117倍、処刑された者は88倍にのぼった、とされるんじゃ」 六郎「まさにマリオネット(傀儡国)に対する圧政ですね。それも極めて残虐な・・・」

7、三郎「ここで言っておくが、今話しておることは、主として『田中克彦 著・ノモンハン戦争』から引用するんじゃぞ。・・その本によると<ノモンハン戦争のはじまる1939年5月までに反ソ・反革命・日本の手先との罪状でモンゴル人民共和国の幹部14人をはじめとして25824人が有罪とされ、うち20474人が銃殺、5103人が10年の刑、240人が10年未満の刑、7人が釈放された>と書かれておる」 六郎「ものすごい圧政!!」 三郎「ソ連(スターリン以下のコミンテルン)のこのような圧政の根底には、更に日本に対する強い警戒心があったんじゃ。話が飛ぶが、<1927年(昭和2年)に日本国首相田中義一が天皇に上奏した田中メモランダム>と称されるものがソ連側に流れたんじゃ。このメモランダムは日本に実在したという証拠はないそうじゃが、ともかくその内容は、日本の、アジアからソ連領東部シベリアに及ぶ大規模な侵略計画じゃった。じゃからソ連側は、<ノモンハンでの国境紛争にかかわるゴタゴタは、田中メモランダムの実行の第一歩だ>という解釈で、本気でたち向かった、というこっちゃ」 

8、三郎「ソ連のモンゴル人民共和国に対する圧政、は今話したが、日本の満州国に対する圧政も似たようなものだった。ノモンハン戦争に至る前の、満州国・モンゴル人民共和国間の国境線交渉に対して、日本(関東軍)も、それが<ハルハ・バルガ間の連携>につながることを嫌っていた。その典型的な事件があった。満州国興安北省長として交渉に臨んでいた<リンション>を、関東軍憲兵隊がいきなり逮捕して処刑したんじゃ。その処刑を強引に推し進めたのは、時の関東軍参謀東条英樹であった、と言われておる。これによって<満州国内のモンゴル人は、日本(満州国)に対する忠誠心を捨ててしまった>、と言われる。・・日本陸軍には、勿論対ソ戦計画はあったが、ノモンハン戦争当時、中央の参謀本部はノモンハンでのゴタゴタを避ける方針であった。だが、関東軍の辻参謀らの無定見な冒険主義によってノモンハン戦争ははじまったのだ」

9、三郎「以上は、ノモンハン戦争は、<日本+満州国(その中にモンゴル人の自治区があった)>対<ソ連+モンゴル人民共和国>であったが、その背景に、<日本とソ連のモンゴル人に対する圧政>が含まれていたちゅうこっちゃ。・・・・ところで、当時のモンゴル人民共和国は、ソ連崩壊時に、文字どおりの独立国になった。一方、昭和20年の日本の敗戦後、満州国は中国領となったから、昔の満州国のモンゴル自治区は、今日、中国内のモンゴル自治区となっている。最近中国内のウイグル自治区の動乱が伝えられているが、同様のことが、同じ中国内のモンゴル自治区そのほかにもあるであろうことは想像に難くない」

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2009年7月20日 (月)

越路吹雪

1、三郎「今、スーパーモーニングで越路吹雪のことをやっておる。・・思い出したぞ・・昔、家内と越路の舞台を見に行ったことを・・。あの印象は今でも強烈じゃ。これが本格派の役者・・あるいは歌い手・・の貫録なんじゃのう!彼女、56歳、胃癌、で亡くなったんじゃ。久しぶりに、エエ舞台を見に行きたくなっきたぞ。テレビでも舞台でも、本物の貫録は、大いに感動を与えてくれるもんじゃ。・・・それにしても、このごろのテレビ・・、安手の男女がベレベラしゃべるだけ、のものが、あまりに多過ぎるぞ。わしゃ、あの大宅惣一さんの『一億総白痴化』ちゅう言葉を思い出すぞ」

2六郎「こりゃー、また、お古いことで!」 三郎「うるせー。今こそ『民放各局一億総白痴化実行中』じゃな。・・・それにしても・・・視聴率だけでプロデューサーの成績が決まる・・・ちゅうのは、ホンマにいかんのう!日本総低劣化じゃからのう。・・・あ、そうそう、あんた、ドストエフスキーの『白痴』知っちょるかい?」 六郎「いえ」 三郎「さもありなん!・・・長編小説じゃ。ムイシキン公爵(・・善とか寛容とかの支配する社会の実現を願う、純粋人・・わしみたいな御仁じゃ・・)の理想や努力が、現実社会の中で粉々にされる話じゃ。文章嫌いのあんたに<読め>とは言わんがのう!!」

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読売新聞

1、三郎「7月から半年、読売新聞を取っておるんじゃ。今日の朝刊25面に<昨日の阪神・巨人戦>の記事がある・・。1対0で阪神が勝った。それも<10回・2アウト3塁・金本のヒット>、で勝負あった。紙面の4分の1強の面積をとっておった。いくら読売新聞でも巨人の劇的敗北を小さく扱うわけにはゆくまい」 六郎「それは、まーいい、として?」 三郎「その通り・・、それはまーエエとして・・じゃ、救援して打たれたクルーンの大写し写真の下に、<9回無失点>の好投をした巨人内海投手の写真をチョコッと入れておった。そうして、<7回2アウト迄無安打>の好投をした阪神能見投手については本文に記述なく、写真もなしじゃ」

2、六郎「まさに<読売グループ的偏向記事>ですね。三郎さんは今月から読売新聞読み始めたから、強く感じたんじゃないですか?・・・<読売的偏向><読売的アンチスポーツマンシップ>なんちゅうことは昔からあったことですよ!あの<トップオブトップ・渡辺さんの指揮>のもと、金に飽かして有名選手を取りまくってきた巨人軍の伝統は今も続いているじゃないですか。<スポーツマンシップなんか糞食らえっ>ちゅう球団なんだから、グループの新聞が偏向記事書くのはあたり前でしょ。三郎さん、無邪気すぎますよ」

3、三郎「あっ、そうか、そうか。昔から<各球団の4番バッターこぞって巨人へ>ちゅうことあったのう!今は誰じゃい?ラミレス?小笠原?・・元ヤクルトのなんとかちゅうピッチャーも金の魅力で巨人へ行ったんかい?・・・それじゃのに、広島とか、阪神とかの有名選手で、巨人に眼もくれない御仁も居るじゃないか?・・・やっぱり人間の値打ちの違いかい?・・それから、最近は巨人軍で若手も活躍しておるそうじゃのう!チョッピリはよくなってきたんかいのう!・・ともあれじゃ、新聞の偏向には、わしゃ、ホンマに驚いたぞ。新聞は、まだ、あの嬌慢トップオブトップが眼を光らせておるんかいのう?聞くところでは、<グループ内に、トップオブトップをやめさせたい、と思うておる御仁が相当おるが、実行できない>そうじゃな。・・・みんな<おのれが可愛い>から、致し方ないのう!!!!」

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2009年7月16日 (木)

きょうの新聞

1、三郎「今朝の新聞に自民党武部氏の言葉<麻生首相は、徳(人を愛する心、謙虚な心、恥を知る心、正しい判断をする心)がない>と出ておる。彼らの付き合いは古いはず。にもかかわらず、武部氏も、数ヶ月前に麻生氏を総裁候補に選んだ。その時は<徳がないのはいい。俺たちの得になればいい>と思うたんじゃないかい?ところが、<麻生氏のおかげで次の選挙に落ちそうだ。彼を引きずり降ろさねば>と思うて、改めて<麻生人物論>をした。・・ふざけるんじゃないよ。自民党のあんたたちも・・麻生氏は勿論のこと・・みんな<無徳人間>じゃないかい。あんたたちに、何よりも<国民に対する愛情・責任感>がない」 六郎「こういうのを、<チャンチャラおかしい>というんですね」 三郎「国民に見る目がないから、こんな人間たちを当選させるんじゃ」

2、三郎「小泉さん東国原さん舛添さんはよく似ておるぞ。ともに<5+4=9=みせかけ人物>じゃ。5は本来の人物数、4はパフオーマンス数じゃ。国民は間違えて、<本来人物数=9>と思うてしまう。見る目がないからのう・・。そのほかの自民党人物も、5+1とか5+2とかじゃな。問題は、本来の人物数たる5にあるんじゃ。これが9とか10でないと、政治家になる資格はないんじゃ。ところが、みんな国民に対する愛情も責任感も無いじゃないか。武部氏言うところの<徳>がないんじゃ。・・・今までテレビで、政治劇を見るのは面白かったが、さすがに、<無徳が無徳を嗤う姿>ばかり見せられておると、だんだん疎ましく思い始めたぞ。見たくなくなってきたぞ。無徳人間は、今度の選挙で、全員、<テレビ前=政治の世界>から引いてほしいぞ」

      

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2009年7月14日 (火)

公明党??

1、三郎「公明党という政党は、要領党じゃな。党首の顔を見れば<ずるさ、要領のよさ>しか感じやせんぞ。わしのこの実感は当たっておるぞ。今日の読売新聞32面に『A案に迷いなく賛成したのが松あきら議員(公明)』とある。松議員は『ただ、脳死状態のまま心臓が動き続けている子供の家族に臓器提供の重圧がかからないような手だてを考える必要がある』と指摘した、とある。『・・・・の必要がある』というだけすむんなら、アホでも議員がつとまるわい。言い逃れしてそれで済ます。なんちゅうずるさじゃい?これが公明党じゃ。いや、国会議員の大部分がこれじゃ。その典型が公明党じゃ」

2、三郎「それにしても、公明党(=創価学会)のあの団結力の源は何じゃい?都議選でも全員当選させたのう。わしの四国の中学校の同級生の息子から電話がかかってきたんじゃ。『父は死にました。私は65歳です。父の同期生と知ってお電話しました。東京都議選では○○をお願いします』ちゅうてのう。勿論、その息子なんか会うた事も無いわい。彼の亡くなった親父とは67年間会うておらんわい。はるばる四国で、どこで調べたか?、わしの電話番号調べて電話してきたわい。この団結力はなんじゃい。わしゃ『あんた、創価学会かい?』と言うたんじゃ。彼『はいそうです』と答えたぞ」

3、六郎「ほほう、気持悪いくらいの団結力・・帰依・・ですね。それ、信仰ですか?・・・それはそれとして、その団結力で、政権にしがみついて、要領よく生き残る・・・。釈然としませんね。『手立てを考える必要がある』というだけで済ませる・・、その無責任・要領!!移植待ちの子供を持つ親御さん、脳死状態の子供を持つ親御さん・・、両方に心からの誠意を持つ人間だったら、無責任なこと言えませんね。創価学会という限られたなかでの団結力は、庶民に対する誠意や親近感とは、全く異質なんでしょうね。何か、しらじらしいですね。勿論、おのれの当選や利権だけがすべての自民党議員よりはまし???ですがね」 三郎「ましかい?そうかい?似たり寄ったり、じゃろうが!・・いや、もっと気持悪いじゃろうが」

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koumeino

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2009年7月11日 (土)

4チャンネル「ウエーク」見た

1、三郎「ウエーク、に<舛添厚生労働大臣>と<民主党次の副大臣>と<横浜市長>と、が出ておった。舛添氏の人気の源泉が分かった。①2年間の大臣経験じゃが①年金・介護・医療そのほか国民を苦しめておる仕事が多く、テレビに多く顔が出た②舛添氏は典型的な<口説の徒(口がうまい)>だから国民が騙された。①顔見せ回数と②口先のごまかし、じゃ。これが人気の源じゃ」

2、六郎「<彼は母の介護した>というのが売りになっていますね」 三郎「それもあろうのう。<おのれが介護で苦労したから大臣として、介護に精を出す>のならエエこっちゃが、自民党50年の悪政の後の2年間では何も出来んぞ。更に、自民党には、道路族とか農林族とか言うのが多くて、もしも、厚生労働大臣が介護に金つけようと思うたとしても、ドモナランのじゃ。予算をほかに取られるんじゃ(業者を儲けさせて、族議員に還元してもらう、ためにのう)!!。じゃから、舛添氏は、その自民党の悪政を<口説の徒・口先のうまさ>で、巧みに誤魔化しておったぞ」

3、三郎「イヤー、さっき聞いて、感心したぞ。舛添氏・・ホンマに口うまいぞ・・。民主党副大臣や横浜市長が具体例出して批判すると、話そらすし、美辞麗句で誤魔化すんじゃ。『民主党提出の法案・・例えば派遣減らし法案・・を与党が受けつけない(審議しない)』と批判されると、<今現実に失業者に金出している>と、話をすりかえるんじゃ。経営者寄り族議員だらけの自民党では、経営側にとって好ましくない法案は受けつけんのじゃ。そこで、『補正予算で、道路に金を沢山つけた。国営マンガ施設などに予算つけた(178億円?)じゃないか』と言われると、答えずに『皆さん協力して国民のために頑張りましょう』と言う。まさに、<逃げ、美辞麗句誤魔化し>ばかりじゃ」

4、三郎「いささか舛添氏に好意的に見れば、さっき言うたように、<仮に舛添氏が、福祉に予算を厚くしようと思うても>、自民党族議員たちの壁は、打ち破れやあせんのじゃ。じゃから、言い訳に、苦し紛れの美辞麗句を使うしかないんじゃ。ということは、<自民党政権下では、永遠に国民の幸せは望めん>のじゃ。仮に舛添氏が本気になったとしても(それ自体が??じゃが)、庶民の為の政治は不可能なんじゃ。自民・公明が族議員の巣窟じゃから、政策、特に予算は、政官業癒着そのもので、結局、議員たちに金と票が行くようになっておるんじゃ。・・・じゃから、<政権交代>が必要なんじゃ。今がチャンスなんじゃ」

5、六郎「それにしても、舛添氏は、<極めて優れた口説の徒>なんですね!」 三郎「わしの記憶では、彼は東大教養学部で教えておって、喧嘩して辞めて、それから、政界に出たんじゃ、と思うぞ。頭の回転や、口の回りは早いんじゃろうのう。じゃがな、わしが言うたように、<相手の言葉に対して、まともに答えるか?・・すり替えないか?・・美辞麗句で誤魔化さないか?>と、しっかり聞いておれば、その本性が分かるものなんじゃ。・・あんたら、もっと、<緻密に、真面目に・・ウワッ調子にタレント見て騒ぐみたいに軽薄にならんで・・>テレビ見ろよ」

6、三郎「明日東京都議選じゃから付け加えておくぞ。石原知事は自民党をバックにしておる。息子も自民党にお世話になっておる。知事そのものが、自民党族議員的な<嬌慢・庶民蔑視派人物>じゃ。じゃから、都民の税金を、新東京銀行で浪費し、今度はオリンピック誘致で浪費して(3000億円〰4000億円?)、おのれの自己顕示欲を満足させようとしておる。都民の失業とか介護とか医療を軽視しておる。オリンピックにかける金を使えば、託児所でも、老人ホームでもあちこちに造れるぞ。しゃべくりは、<石原か?舛添か?>と言われるほどに巧妙・・まさに<口説の徒>の典型じゃ。じゃから、明日の選挙で、都議会を<反知事の議会>にせんかったら、何時までも<知事のやりたい放題=都民の不幸・・>が続くことになるんじゃ。・・・まさに明日が、<最後の機会>なんじゃぞ。候補者個人のことが分からんかったら、政党を見て・・つまり自民・公明以外に・・投票すべきなんじゃ。都民の・・自分の為、子供の為、孫の為に・・じゃぞ。世の中には<冷酷無残にして口説の徒>ちゅう政治家は、いっぱいおるんじゃぞ」

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2009年7月 8日 (水)

新聞読んだ

1、三郎「今朝は5時半起床、壁打ちに行った。30分で汗だく。6時半帰宅。腹筋運動200回。散歩に出ようとしたら、パラパラと雨。かくして、朝食後、スーパーモ-ニング聞きながら新聞を熟読したんじゃ。年末まではお義理でとった読売新聞じゃ。2面。民主党は<国の総予算207兆円から、年金給付などの必要経費を除いた70兆円のうち、10%強は歳出カットできる>ちゅうとる。これは<2009年の予算を個別に検証してムダを捻出する>という作業をやった結果から得られたもんじゃそうな。わしが常識で考えても、<必要経費の10%がムダ>ちゅうのは充分にありうるこっちゃ。この70兆円ちゅうのは、役人たちが、従来からの延長として仕組んだ予算じゃ。その中には、企業と癒着している自民党議員が仕組んで役人を取り込んだ道路・ダムそのほかの予算がたっぷり入っておる」

2、六郎「補正予算などで、景気対策という美名のもとに、そういう公共投資(道路・ダムなそのほか)が相当復活したようですね。ガラガラの高速道路、必要のないダム・・・などというものがあまりに多過ぎますね。なんでもいいから工事やれば、税金もらって建設業者が儲かる。それが議員や官僚に還元する。選挙の時には、建設会社は全社を挙げて与党の族議員を応援する。金と票ですね。私たちが数年前の秋の紅葉期の晴天の日曜日、東北自動車道を走って、ガラガラを実感しましたね」 三郎「そうじゃったのう!あんな調子で、無意味なダム工事や干拓事業が全国で50数年間続いていたと思うと、そのムダの金額は?・・・ぞっとするぞ」

3、三郎「官僚の天下り用の独立行政法人がいっぱいあって、毎年そこに予算がたくさんついておる。これが数10年間・・・、ムダの額は想像を絶するぞ。一方で、母子家庭で2万円余りの補助を切られておる。その苦しさは想像以上じゃろうのう!・・・結論として、<70兆円の10%以上=7兆円以上のムダがある>ちゅうことは、間違いないぞ。<そういうムダを有意義なことに差し向ける>ちゅう民主党の話には実現性ありじゃ。与党議員は、<民主の政策には財源の裏付けなし>と馬鹿の一つ覚えみたいな批判しておるが、それこそ空論じゃ、馬鹿の一つ覚え、じゃ」

4、三郎「同じく新聞の2面、『麻生首相ローマ法王と会談』とある。祖父の吉田首相が55年前に法王と会談したので、≪俺もおんなじことやって、新聞に出たいんじゃ≫ちゅう浅ましさが見え見えじゃのう!」 六郎「おんなじことやっても、人によって≪なるほど≫と思ったり≪浅ましい≫と思ったりされるものですねー」 三郎「あんた、たまにエエ事言うのう!・・・麻生首相の人間・・真価・・がみんなに分かっておるもんじゃから、当然のごとく、≪浅ましい≫となるんじゃ。これも≪外交の麻生≫で売りたいんじゃないかい?・・・アホらしい。≪外交の○○≫と言われるためには、○○さんは、少なくとも近現代外交史に精通しておらにやならん。日清・日露戦争前後、第一次世界大戦、満州事変・日中戦争・太平洋戦争・・・それから戦後60年・・・、それよりも何よりも、世界の各国事情に精通しておらにゃならんわい。教養じゃ。それから経綸じゃ。その根底には国民に対する愛情じゃ、責任感じゃ。決断力じゃ。・・・そのどれ一つもない人間が・・法王と会談?・・笑わせるな!!」

5、三郎「麻生首相の祖父吉田茂はなー、明治11年生まれ、土佐民権家竹内綱の五男じゃ。兄弟姉妹が10人じゃったからか、生後9日目に養子に出された。貿易商吉田健三の所じゃ。そこが大金持ちじゃった。資産、今の金で50億円?・・じゃから、茂ちゃんは、いくつかの学校を出て東京帝大に行って外務省に入ったんじゃ。結婚したのが牧野伸顕(シンケン)の娘雪子さん。牧野伸顕ちゅうたら大久保利通の次男じゃ。かくして、茂ちゃん、家柄と財産に恵まれた。彼は日独伊防共協定締結などには反対した。昭和11年の広田内閣で外務大臣候補になったが陸軍の反対でおじゃん。駐英大使になったんじゃ。彼は東条英樹には挨拶もせんかったそうじゃ。もっと前の昭和初期、満州事変頃には、なかなかの強硬派だった・・・。ともあれ、吉田茂は、ほどほど経綸もあり気骨もあったようじゃ。戦後首相になったが、野党議員に対して≪バカヤロウ≫ちゅうたのが原因で、国会解散になった(バカヤロウ解散)」

6、三郎「麻生首相は、その祖父さんが自慢じゃな。・・・祖父にあやかって人気取りたい・・外交の麻生・・なんちゅうて・・。≪そりゃあ、無理!≫ちゅうもんじゃが、ご本人は分からんのじゃな。無邪気じゃ。前に言うたじゃろうが、あの人の漢字読み違い10〰20個と。・・・東京都議選挙応援で≪惜敗を期して≫ちゅうたそうじゃ。勿論≪必勝を期して≫ と言うべきじゃが。・・≪惜敗≫の意味知らんかったんじゃと思うぞ。そうでないとこんな間違い起こるはずないわい。麻生首相は、吉田茂の二女和子さんが九州炭鉱王(麻生鉱業社長)麻生多賀吉氏と結婚して生まれたんじゃな。学習院大学で何を学んだんかいのう?」

7、三郎「新聞に戻るぞ。まだ2面じゃ。『東国原氏出馬結論持ち越し』ちゅうのがあった。ありゃあ確かに意表をついたぞ。自民党に対して≪知事会の提言をマニフエストに入れろ。俺を総裁候補にせい≫ちゅうたんじゃ。小泉さんと似ておるのう。<パフオーマンス力傑出、それに関する限り、度胸は抜群><口説は一応のレベル><庶民に対する心情・責任感???>似ておるのう。<町の人物眼お粗末オバサマ方が、一様にのぼせあがる・・・>、そういうタイプじゃ。それらのことはお二人の御顔を見たときの、印象?気品?で感じるられるはずのもんじゃが。・・・最近、正味の所が、更に見え始めたから、町のオバサマ方もようやく気付きだしたんじゃないかい?知事選挙にしても、国政選挙にしても、選挙民は《①国民に対する愛情・責任感②能力≫をこそ感じ取る眼力を持たねばならぬぞ。すべて多数決で決まるんじゃから、おのれがアホウじゃったら、子供・孫や、多数の他人様に迷惑かけるんじゃぞ。ヨンサマ・ヨンサマと騒ぐのはエエが、選挙の時はそうはいかんのじゃぞ」  

8、六郎「宮崎県民の皆さん・・・、まさか、≪いまだ、東国さんの本性に気が付いていない≫、などということはないでしょうね?」 三郎「わかりゃせんぞ!・・世の中にはめちゃくちゃ無邪気なご仁がおるもんじゃからのう。こういうのは、ほんまに困ったことじゃが、致しかたないんじゃ」  

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2009年7月 7日 (火)

腹立つ

1、     三郎「テレビ見るたびに、腹が煮えたぎるぞ」 六郎「はて、それは?」 三郎「第一に、ドアホじゃのに、総裁=首相に立候補した人間に対する怒り。第2に、ドアホを、総裁=首相、に選んだ自民党議員たちに対する怒りじゃ。・・・あの漢字読み違え事件の時に、ちょっと数えただけで10~20くらいの馬鹿げた読み違いがあった。典型的なのは、踏襲→フシュウ、じゃが。あの時、<漢字読み間違いくらいで判断するのは如何か?>という意見もあったが、今日(コンニチ)になれば、<あれこそ、ドアホ、の象徴的証左だった>と結論付けられるではないかい?」

2、     三郎「あのな、首相とか、裁判官とか、議員とか・・という国の諸機関の地位は、その責任に照らして、権限や重みを与え、税金から高給を支給しておるんじゃ。じゃから、無邪気すぎる庶民は、つい、<その地位にある人間は、それなりの偉い人>という認識に立つんじゃ。麻生首相が東京都議会選挙の応援に行くと、そのあたりのおばさん達が、<キャーキャー>言うて、騒いで握手したがる。あれは<私、国の偉い人と握手したんよ>ちゅうて喜んでおる姿じゃ。ここまでは、キムタクが来た時にキャーキャー騒ぐのに似ておるわい。ただ、違いは、<前者(首相)は、あるべき地位に対して騒ぎ、後者(キムタク)は、本人の魅力に対して騒いでおる>ちゅうこっちゃ。だけどじゃ、前者の場合、<A、予想された地位の重み>と、<B、現実の人間のレベル>との間に天と地ほどの違いがあるんじゃ。無邪気すぎるおばはんたちは、そのAとBとの違いなんか気がついておりゃせん。言い換えれば、<魅力のカケラもないどアホが偉い地位についておる>のに、無邪気そのものに、<私偉い人と握手した>ちゅうて喜んでおる。マンガじゃな」

3、     六郎「マンガとか、笑い話、とか言っていていいんですか?国の要人は、国民の命運を握っているんですよ」 三郎「その通りじゃ。じゃからこそ、さっき、わしが言うたように、立候補した本人に対しても、選んだ自民党議員に対しても、ものすごい怒りを覚えるんじゃ。<国民軽視・庶民蔑視の極み>じゃ。そんな連中に、<諸手当入れて年間3000万円以上>の税金を払うておるのじゃ。いや、<彼らのための施設(宿舎・事務所・車・・・)や、人件費(公設秘書・議会事務員・運転手・・・)に関する税金投入を入れると、ひょっとしたら、一人に一億円近い税金が浪費されておるんじゃないかい?・・諸外国では、議員は、普通、自分で住居を手配し、自分で自家用車を運転して国会に通うておるんじゃ。・・・日本の姿は、<想像を絶する、マンガ!!>じゃ。・・・・・次期選挙では、その怪しからぬ輩たち全員を落選させねばならんぞ。・・全員を!、じゃぞ」

4、     六郎「わたし、今朝の新聞読みました。『解散できるか』というタイトルの400字詰め原稿用紙5枚くらいの字数の記事でした。その中に<町村派の森元首相が30日夜、都内のホテルで、首相と直談判><森氏と伊吹文明・元幹事長は1日夜、都内の料理屋で、鈴木宗男代表を交えて会談し><阿倍氏は1日、都内のホテルで自民党の谷川参院幹事長らと会談し>という文がありました。政治家たちのバタバタぶりがわかりますが、彼らは、どうして<オテルで・・料理屋で>しか会談できないのですか??・・・この費用は自腹ですか?・・想像ですが、<夜ごと夜ごとのホテル・料亭集い>・・、<これは仕事だ、公費が当然だ>となっているんじゃないですか?・・自民党本部にも、立派な会議室やレストランがあるはずです。議員の自宅でヒソヒソ話すればいいじゃないですか。奥さんの手料理で・・。彼らは戦後60年、ずーっと権力握り、自分らの手当てをお手盛りで決め、贅沢のしたい放題をしてきたんですね。そりゃあ、感覚麻痺も起こりますな!・・・だからこそ、彼らはすぐに下野(野党に落ちる)して、<感覚麻痺・無意識傲慢>に気付かせねばなりませんね。今の野党には、まだ、庶民感覚があるはずです。彼らが政権についたら、そのうちに<自民党的感覚麻痺・無意識傲慢>に染まる恐れがありますね。その時には<政権交代させるぞ>というお灸を見せびらかし、それでもだめなら、<再び政権交代実現>・・・ですね。悲しいかな、人間はさもしい。権力につくと傲慢になる。・・これが、<情けない日本の現実>だとしたら、いたしかたない。・・<民主主義の初歩>であるところの<選挙という手段>に訴えるしかありませんね」 

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2009年7月 5日 (日)

六無斎か、よう言うたぜ!

1、三郎「今朝10時から、10チャンネルのサンデープロジェクトを見たぞ。何時もは出演者の名前なんぞ気にしておらんが、今日は名前をチェックしたぞ。いずれも、何度も、見た顔じゃ。今日は、わしがかねがね感じておる人物評をやるぞ。わしの評価は確かじゃぞ。わしゃ何時も『国民は、政治家の本性を見破らねばならぬ。そのうえで、国民の為になる人物に投票せねばならぬ』と言い続けてきた。じゃから今日はわしの人物評価を教えてやるぞ」 六郎「拝聴しましょう。三郎さんの人物眼の鋭さは、私も存じていますから」

2、三郎「今日のサンデープロジェクト出演政治家は、自民・中川・石原、公明・高木、民主・菅、共産・小池、社民・福島・・諸氏じゃったぞ。まず、中川氏・・、は、言葉を濁してばかり。一言でいえば<くせもの政治家>じゃ。<自己顕示欲が強い><策を弄する>。少なくともまじめに<国民の為の政治をする人物>ではないぞ。石原氏・・、都知事の息子じゃから、DNAからいえば、<嬌慢・庶民蔑視の典型>じゃな。彼は、<穏やからしき言葉使い>をするが、わしゃDNAを警戒するぞ」

3、三郎「高木氏・・、さっき言った、・・あの都知事が、他人の悪口言う時によく使う言葉があるんじゃ。それは『口説の徒(クゼツノト。おしゃべり)』じゃ。中身じゃなくて口先ばかりで勝負したがる人間のことじゃな。高木氏はその典型じゃ。じゃから、わしの耳は、彼がしゃべり始めると、自然にサボっておるわい。<聞いても意味ない。いや、それどころか、その空虚さに、だんだん腹立ってくるから>ちゅうてのう。今日のテレビでも、目立ったのは、野党議員がエエ事言い始めると。高木氏は必ず割って入って、でかい声出すんじゃ。視聴者に、その野党議員の言葉を聞かせないためじゃ。『口説の徒』の定義の中には、討論時の、そういう、卑怯なテクニークも入るんじゃないかい?」

4、六郎「高木さんは公明党の広報室長ですね」 三郎「おー、そうかい!<口説の徒を広報室長にする>なんちゅう政党は、要するに、<口先でアホな国民をたぶらかせれば、それでエエ>ちゅう政党なんじゃな。それ、<国民を馬鹿にしておる>ちゅうこっちゃ。 三郎「野党は、菅・小池・福島諸氏じゃった。菅・小池両氏も、口はなかなかよく回る。じゃがな、わしからみれば、彼らの言葉には<実(ジツ)がある>んじゃ。じゃから<能弁>と言うてエエんじゃな。・・福島氏はあまり口がうまくない。じゃが、それだけに、そこに真面目さがあるんじゃ。いかんせん、野党では、いくら実(誠意)があっても、<権力>がないから実行できんのじゃ。・・・ここで政権交代させて、<野党諸氏の実(中身)がホンマかどうか>試してみたいもんじゃ」

5、六郎「いまどき、そんな悠長なこと言っておられませんよ。自民党の議員たちが<この人を総裁(首相)にして選挙すれば勝てる。なんてったって、俺たちの当選が一番大事なんだから>と思うて数ヶ月前に選んだのが麻生さんですよ。その麻生さんを、<能力なし、経綸なし、誠意なし、決断力なし、人望なし、漢字の知識なし、の六無斎だ>と言って、今は引きずり降ろそうとしている。しかも、<その後にたてる人物がいない>・・・。そんな自民党ですよ。それが、今、政権持っていて、国民の生殺与奪の権を握っているんですよ!!・・今や、<国民の生き残りの為に、すぐにやらねばならぬ事・・、それが政権交代じゃないですか!」 

6、三郎「あんた、たまにはエエこと言うのう!・・・『六無斎』はあんたの言葉じゃろうが?・・自民党さんがそんな気のきいたこと言うはずないわい!・・林子平の号じゃったな。和歌は、『親も無し妻無し子無し板木無し金も無けれど死にたくもなし』だったかのう。・・・あんた、なかなかの知識人じゃ。・・ところで<政権交代が急務だ>とな?!・・・・・まさに然りじゃ」

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2009年7月 4日 (土)

本性見ようぞ

1、     三郎「今週はじめだったか?、夜9時、10チャンネル<たけしのTVタックル>見た。臓器移植法改正案の話が出た。 六郎「衆議院でA案可決になったから、これから参議院ですね」 三郎「そうじゃ。共産党の論客(名前知らん、Xとしておく)と、TVタックル常連(タケシでないもう一人の男性。名前知らん、Yとしておく)の二人が、<A案にも心配がある・・>ちゅうた。つまり、<15歳以下にも臓器移植ができるようになるのはいいが、『脳死=人の死』とすることについて、①脳死判定基準にまだ不確定部分がある②脳死者家族にきつくなる>と言うたんじゃ。・・・①について、新聞によれば、<日本移植学会は『長期脳死になっても脳機能が回復した例はない』というが、現実に、無呼吸テストもせずに脳死にする、という例がある>そうじゃ。そのほかにも脳死判定基準に、まだ曖昧なところがあるのかもしれんのう。・・それと、②について、子供が脳死と言われても親が移植拒否出来るが、その場合に、その親たちが、世間から批判される・・<移植待ちの者が居るのに!>などと・・。XとYの言うことも分かるんじゃな。・・それはさておき・・、今、わしが問題にしたいのは<TVタックル>での討論の態度のことなんじゃ」六郎「はて、それは?」

2、     三郎「XとYの発言について、三宅政治評論家と河野太郎議員と、の二人が、<そんなこと、脳死と判定されても、家族が移植拒否出来るんだから、問題ないんだ>と、威だけ高に、まさに威だけ高に、攻撃したんだ。問題はその態度にあるんじゃ」 六郎「論理じゃなく態度?」 三郎「その通りじゃ。わしゃのう、<15歳以下の移植可能ちゅうことは大事じゃから、このA案で行くのもいたしかたないか?>とも思うんじゃが、それでも、<移植やりたい医者が、安易に脳死と認定したら大変なことだ>と思うし、<脳死とされた子供の親の気持>にも配慮すべきだとも思うんじゃな。じゃから、X・Y二人の<慎重審議論>もよくわかるんじゃ。・・要するにじゃ・・TVタックルの中で、議論を穏やかにやらずに、威だけ高に抑えつけようとする三宅・河野の二人の態度はけしからん、と思うんじゃな。実にけしからぬぞ。三宅・河野両人には<心とか情>とかはない。彼らは、本来、そういう人間だったのか!?、と思うたぞ。<ここで人間の本性が出た>と思うたぞ。・・・結論。政治家どもは口先や態度で、しばしば、<エエ格好>見せるが、何かの時に本性が出るんだ。われわれは、それを見逃してはならぬ。<非人間的人間や自己顕示欲オンリー人間>を、絶対に議員に当選させてはならんのじゃ。そうでなければ、庶民は永久に、<傲慢議員たちの犠牲>になるんじゃぞ」

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