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2009年4月

2009年4月27日 (月)

まともな議員は皆無?・・。ところで・・加藤紘一氏?、岡田克也氏?・・・

1、三郎「テレビで見る自民党議員、ただのまとも・・では困る。能力人格ともに、国会議員にふさわしい・・国民の命運を任せるにふさわしい・・人物でなければならぬ。だが、まともなのすらおらぬわい。数千万円の年俸そのほか、国会設備などで一人年に一億円近い税金は使われておるんじゃないかい?わしの想像じゃが。その議員が、衆参合わせてうじゃうじゃ居る。合計では実に大きな無駄じゃ。まず、『議員数は半減すべき』じゃ。時々テレビに写る各種与党会議のあの人数の多さ。無駄・無駄の限りじゃ。民間企業などでは想像もつかぬ無駄な人数じゃ。こんなアホらしいことは、世の中で珍しいぞ」

2、六郎「その上、極めて質が落ちる?長老にも多いですね。能力識見皆無・品格ゼロだが、世襲で地盤・看板・カバンがあったために、長年当選を続け、長いという理由だけで派閥の長や幹部になっている。その間、下らぬ策を弄することだけは身についている。・・・国民生活にとっては百害あって一利なしの人間ですね」 三郎「中堅も若造・・小泉チルドレンなど・・も、見るに堪えぬ、聞くに堪えぬ人間だらけじゃ。一応見られそうな者でも、議員として一番大切な、誠意・正義感が全くない。<国民のために身を捨てて働こう>という人間はおらん。おのれの顕示欲・出世欲・金銭欲だけじゃ。日本の現状が世界で一番ひどいと思うぞ」

3、三郎「わしゃのう、だいぶ前から、そんな自民党の中では、加藤紘一氏は、能力識見では、<まとも以上かな?>と見ておったぞ。問題は国民に対する誠意・正義感がどこまで強いか?、じゃった。その加藤氏は、確か9年前(2000年)の年末頃に<加藤の乱>ちゅう騒ぎを起こしたんじゃ。・・・たしか、その前に、小渕首相が急死したので、自民党長老数人の密談で『後は森でエエんじゃないかい』となった、と記憶しておるぞ。わしゃそれ読んだ時に<ずいぶん無責任な長老たちだな>と思うたものじゃ。その長老たちにすれば、<国民の命運を預ける云々>じゃなくて、<自分たちが扱いやすいかどうか>で決めたように感じたもんじゃ。まさに、今も変わらぬ<自民党的思考>じゃ」

4、六郎「それで、森首相になったが、案の定、支持率が超低空飛行した?」 三郎「然り然り。さすがに天唾愚民的庶民でも、<森氏の首相としての資質>ぐらいはは見破れたんじゃな。・・・話変わるが、わしが家族連れて、テニスの試合見に行っておったら、ドカドカと数人近づいてきて、『森首相が来られました。恐れ入りますが、場所を変わっていただけませんか?』と来たんじゃ。わしゃ言うたんじゃ、『わしが、<いやだ>と言うたら??』とな。そうしたらその男『そうおっしゃらずに、どうかお願いしますよ』ちゅうて頭下げたわい。それと、変わる先が、少し横の、より前の席じゃったし・・、動いてやったんじゃ。首相が座って、そのまわり数席を空けて警備の連中たちが座ったんじゃ。座席指定の前売り券はとっくに売られておる。なのに、突然森首相が、<テニス見に行きたいぞ>ちゅうたんじゃろうのう?わしゃ、森首相を見ながら、<そんな程度のおっさんじゃな!>と思うたもんじゃ」

5、三郎「話戻すぞ。たしか、あの時、野党から、森内閣不信任決議案が出たんだと思うぞ。それに、自民党加藤派山崎派が同調しようとした。それを自民党内部で切り崩した。その切り崩し人の一人は小泉純一郎氏。・・結局、加藤氏は敗れたんじゃな。これ加藤の乱じゃ。これで加藤紘一氏の権威は一敗地にまみれたんじゃ。そのあとで、小泉氏が首相になったんだと思うぞ。政治戦術では、加藤氏は小泉氏に遠く及ばんかったんじゃな。・・・さて、今年70歳の加藤氏が最近、また本出した。新書版『劇場政治の誤算』じゃ。わしゃ、新書版で安いし、買うて読んでみたんじゃ。・・・それとじゃ、わしゃ、かねてより、<民主党では岡田克也氏あたりかな?>と思うておったんじゃが、今年56歳の、その岡田氏も、昨年『政権交代』ちゅう本を出したんじゃ。こっちはちょっと高かったんじゃが、買うてみたぞ」

6、三郎「ともに東大法学部卒の両氏の著書を、読んでみたぞ。以下は、その感想じゃ。先ず加藤紘一著『劇場政治の誤算』じゃ。彼、さすがに、自民党政治の批判もしておるぞ。じゃが物足らんわい」 六郎「たとえば、自民党農林族は、おのれの選挙地盤の農村人口が多くないと困る(票が減っては、おのれが当選できなくなる)。農業経営を大型化して合理化しようなどとはしない。人口が減っては困るから。だから、米作減反化=米価格維持策など進めて、小口農業経営を無理に続けさせ、税金で農家に補助金をつける・・などということ続けてきた。これは、国民のためにはとんでもないことです。まさに政治的犯罪です」 六郎「日本の食料自給率が減って大変なことになっていますね」 三郎「加藤氏はそんなことには触れておらん」

7、三郎「今の、あるいは将来の、日本国民に食糧難という重大事態を招きかねない自給率低下を長年放置してきた自民党政治・・・こりゃあ、自民党農林族たちの、長年にわたる<おのれの当選のため>という方針の為なんじゃな。《自民党農林族のエゴが日本国民の生存を犠牲にしてきた》ということじゃな。道路族は、無駄な道路でもどんどん作れば、土建会社が儲かる。リベートが政治家にどっさり来るし票が来る。かくして税金無駄使い・福祉たち遅れ(老人ホーム入居待ち何十万人)・財政赤字→増税という現状になった」 六郎「そんなホントのところには、加藤氏は触れていないでしょうね?。既に9年前の加藤の乱のころ、国民は自民党政治の犯罪臭を感じていて、加藤の乱に期待した。だが、加藤氏は失敗し<国民を裏切った>とさえ言われた」

8、三郎「その辺のところは、さすがに、岡田氏は書いておるぞ。加藤氏は、<小泉・竹中新自由主義批判>を主にしておる。『小泉氏はかって<記者の質問に答えて・・世の中に不平等はあるものだ、何がいけない?・・と言った。勿論事実はあるが、しかし、総理大臣がそれを言ってはおしまいだ』などとは書いておる。・・・これは岡田氏も書いておる。『小泉総理はこういった。《最低限のセ-フティーネットが整備されていれば、格差が広がっても悪いことではないと思っています》これは総理の発言として驚くべきものではないか。一国の総理が、格差拡大を正当化したのだから』とな。・・・岡田氏は、勿論、的を射た小泉批判をもしておるぞ。曰く『<自民党をぶっ壊す>との宣言で幕を切った小泉政権下では、道路公団民営化や郵政民営化によって、族議員、特に旧経世会の主力だった道路族や郵政族の力が弱まった。しかし、じつは小泉さんは、森派が伝統的に強かった文教族や運輸族の利権構造に切り込もうとはしなかったのだ。そして、福田康夫総理になって、道路特定財源の一般財源化をめぐる論戦の中で、道路族が健在であることも改めて誇示された』・・国民は小泉氏の<ぶっ壊す的ハッタリ>に騙された。小泉政治の本質はハッタリ・自己顕示であり、権力争奪戦であり、中身は自民党内の派閥抗争だ。しかも、道路族叩きも成果は不十分、ということじゃ。・・・あのなー、小泉氏に、もしもいささかの正義感でもあれば、息子を四世にするなどということはせん筈じゃ。他の選挙区で立候補させればエエんじゃ。小泉氏にせよ、麻生氏にせよ、二世三世には、《国民無視・国民蔑視・特権意識》がつきものじゃ。岡田氏は民主党の何とか改革委員長として、民主党内の世襲禁止をまとめたそうじゃ。エエこっちゃぞ」

9、三郎「岡田氏はこう書いておる。『一党支配によって生じる弊害は、明白だ。まず、しがらみ。政治家と官僚、そして政治家と既得権益者との関係が、互いのもたれ会いでがんじがらめになっている。そして無競争状態。政治をめぐる競争がなければ、与党の政治家は国民のほうを見なくなる。その典型的な例が二世・三世のこれほどの多さだと言っていいだろう。政治が家業になってしまっているのだ。・・・ひとたび稼業を引き継ぐことが自己目的化すれば、国民のための政策を立案することなど二の次になってしまうのだはないだろうか。・・・万年与党、万年野党という構造が固まったとき、やがて政治家は政策立案を官僚にすっかりおぶさるようになる。政策は官僚に任せ、政治家たちは党内の権力争いに没頭しはじめるのだ』・・・さっき言うた《自民党族議員はおのれの当選を第一に→国民の食糧難など問題じゃない》ちゅう図式はそれじゃ。

10、三郎「岡田氏はわしがかねがね言うてきたことにも触れておるぞ。『民主党であっても、一定期間以上政権を担えば、やはり、さまざまなしがらみが生じるのは必定だと思う。それは権力というものがもつ宿命だと言えるだろう。民主党が国民の期待に応えることができなくなれば、政権を失うことがあっても当然だ』・・・こりゃあ《岡田君よく言うたぞ》と言いたいぞ。

11、三郎「だんだん面倒臭くなってきたので、両氏の著書からチョッピリランダムに取り上げるぞ。・・・加藤氏『世の中には明らかに競争原理でやっていけない部分があるはずなのに、そこまでひずみが出ていることは、もうあちこちで見えてきています』こりゃあ、勿論小泉竹中批判じゃな。『マンガ好きだから親近感が持てるという好感度が、実際に総理大臣になって難しい政治判断をしなければならない局面にいて、いつまでも支持の根拠となるはずはありません』・・これは麻生首相批判じゃ。最近の予算大判振る舞い、メチャクチャじゃな。まさに低脳政治じゃ。<何でもエエからばらまいて支持率あげたい。次の選挙でもし自民党が勝てばまた、わしゃ首相なれる>とな。加藤氏の批判は抽象的すぎる。同じ党に在籍するから遠慮するんじゃ。それでは国民には分からんぞ」

12、三郎「重大な官僚の天下り、そのための外郭団体の膨大な税金無駄使い・・・、それらは今や重大問題じゃ。それは、即、あ粗末極まりない自民党の福祉対策を改善できるか?消費税を大幅に挙げんやあならんか・・・そのほかと重大な関係がある。加藤氏は触れておらん。岡田氏はこう書いておるぞ。『官僚によるあまりにひどい税金の無駄遣いや天下りの実態、そして、過大な道路計画。それらをチェックすべき政治家が政官業癒着構造において逆に、必要のない道路、高コストの道路を造りつづけることを助長してきた。・・・とちたび民主党が政権を取れば既得権のしがらみはなくなり、国民にとって何が必要かという観点から政治がおこなわれる』・・・こんどの不況対策で、麻生政権は図に乗っている。<不況対策だ>と称して、いあ今まで停止していた高速道路建設を再開する。まさに『アホウが指揮する道路族自民党』に戻ったわけじゃ。ほっとけんぞ」

13、三郎「加藤氏はナショナリズムを①闘争的ナショナリズム②競争のナショナリズム③埃のナショナリズムに分けて、①について『政治家の北朝鮮への強硬な態度が評価を受けるようになります。・・・中国についても文句を言っておいた方がウケがいい』と書いておる。要するに自民党に、軽い軽い人気取り政治家がいるということじゃ。その上で加藤氏は『日本が今、やや右傾化しているという印象は確かにありますが、決してバランスを欠いているとは思いません』と書いておる。自民党には確かに<お軽人間>が幹部に多いが、右傾化人間も少なくない。加藤氏の論評は甘い甘い。右傾化の根底には、人間本来の傲岸不遜がある。冷酷無残がある。正義感欠如がある。・・・自民党の三分の一は二世三世だが、特に二世三世には右寄りが多いのも、むべなるかなじゃな」。岡田氏も『政治家が偏狭なナショナリズムを煽り立てるようなことは、私がまざす政治とは対極にある。多様な価値観、考え方を互いに認め合うことがなけらば、本当の意味での自由な社会は決して実現しない』と書いている。現実政治の場で、それらの思想をいかに発揮するか?一度見てみたいぞ」

14、三郎「加藤岡田両氏とも、民主党菅副代表のことに触れておるぞ。1998年、日本経済がバブルに直面した時のことだ。加藤氏は、菅氏が、与野党対立を超えて対策に奔走したことを述べておる。その時に小沢氏が《菅はミスをした。政権をとれたものを!》と言うたということも書いておる。岡田氏は『菅代表は、長銀破綻という国家の緊急事態のもとで、<金融国会を政局にしない>という立場をつらぬいた』と書いておる」

15、六郎「岡田氏は贈り物貰うとすべて返すそうですね。<カタブツ>とか<融通がきかぬ>とか悪口言われるそうですが、50余年間、おのれの利益のために政治を壟断してきた、族・族・族・自民党の後であるし、むしろ《岡田的変人》にこそ政治をやってもらいたいもですね」

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2009年4月26日 (日)

ブログ読んでもらって

1、わしのブログはつまらぬからして、まともに読んでくれない。ごく稀に、1〰2の人に検索方法お教えしても、その後音沙汰なし。多分、<意見言うに値しない>ということか?わしのブログ書きは、<日記及び頭の体操>ちゅう目的じゃから、誰かに読んでもらう必要はないんじゃ。これ負け惜しみじゃないぞ。・・・ところが先日、<麻生首相が、いやさか、を、いやさかえ、と、また間違えた>ということに触れたら、<再調査したら・・・>というコメントをくれた人がいる。<唯一まともに読んでくれたか?>と有難かった。読んでくれる人がいればそれはそれで嬉しいもんじゃ。調べたら、<いやさかえ、と読んでも間違いではない>ということで、<また首相が間違った>と書いた新聞がたたかれたそうじゃ・・・。

2、勿論普通の辞書には<いやさかえ>はない。慣用の読み方ではない、ということだ。だが、神前など?・・<いやさかえ>ということもないではない。とすると、麻生首相が両陛下の前で<いやさかえ>と言うた事は、彼の踏襲(ふしゅう)みたいな完全誤読ではない。・・・が、おそらく・・いや間違いなく・・、麻生首相は<いやさかえ、ということもある>と知って、<いやさかえ>と言うたのではなくて、踏襲(ふしゅう)並みの即断・・信じ込み・・であったはずだ。慣用読みからすれば、間違いみたいなもんじゃ。やっぱり麻生さんじゃ。・・そんな所じゃろう。下らんのう!

3、なかには、『今回の<いやさかえ>については、側近が新聞の鼻を明かすために、わざと<いやさかえ>と首相に発言させて、新聞が騒いだところで<いやさかえ、も間違いじゃない>と反論するためのたくらみであった』という人間もいるぞ。・・・だとしたら、側近も暇じゃのう!!

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2009年4月20日 (月)

軽い人間

1、今朝の朝刊『声・語り継ぐ戦争』に<終戦前年秋頃、20代と思われる若い陸軍将校(中尉か?)が子連れの30代の国民服姿の父親を殴り倒していた。父親は鼻血を拭き、あらためて将校に敬礼した>という文が載っていた。その将校は、間違いなく陸軍士官学校出のピチピチ将校だ。若くして少尉・中尉という将校の位を得、下士官兵にはすべて敬礼させる。世間も若手将校として、特別な目で見る。当然思い上がる。この事件もその一例だ。

2、私も、軍国少年だったころ、幼年学校・士官学校に進んだ兄を尊敬していた。私も幼年学校に進んだ。兄が尋ねて来た。少尉の兄が幼年学校生徒に威張り散らし、靴のまま寝台に上って整理整頓にケチをつけた。それを見て、かねての兄に対する私の尊敬は、雲散霧消した。

3、人間、外からの権威を身につけると、それなりに思いあがる。その時に、その人間の中身が、一段とよく見える。一国の首相には≪国民を守る≫という重大な責任が与えられる。それに応じた権威と権限が与えられる。ところが、往々にして・・・中身のない人間ほど・・、権威権限ばかりを・・責任を忘れて・・見せびらかしたがる。今、我々は、日々それを見せられている。元来、人間はおのれのことはほぼ分かるものだ。<おのれが首相などという重大な責任を負い得る人間か?>は分かるはずだ。それでも、<権威権限が欲しい>と思う。それは無責任だから出来るものだ。そんな人間が、権威権限を手に入れると、ひたすら、それを見せびらかす。『声』欄の陸軍中尉のように。

4、こういう将校が陸軍大学を出て、参謀になれば、権力行使の快感に酔って無謀作戦をやって、多くの貴重な人命を失う。戦争中、こういう参謀は沢山いた。いかに多くの取り返しつかぬ無駄死にを招いたか!残念無念だ。・・今、戦争中ではないが国政の誤りや、税金の無駄使いや、公私混同は、国民に取り返しのつかぬ災害をもたらす。・・・漢字読めぬ無能ぶり(またやっようだ、<いやさか>を<いやさかえ>と言った。お粗末極まりない>・・・)。花見に沢山招いて、いいとこ見せようとして歌を準備させて、<自作の歌だ>とばかりに披露しかけたが、いかんせん、にわか覚えだから、途中で途切れた・・・。こんなのは一例に過ぎない。・・・問題は、その人間の日頃、会って感じる人柄や能力だ。それが一例に出てくるのだ。・・・ともあれ、<中身軽薄・権威見せたがりのみ人間>に、国政は預けられるものか??。子供の前で父親を理由なしに殴りつける陸軍中尉とおんなじような人間は、今も、目の前にいるのである。

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2009年4月19日 (日)

スクランブル・・・

1、三郎「午後12時半近い頃テレビつけたら10チャンネルの<スクランブル>をやっておった。オリンピックの話じゃった。話題の第一は<所要資金と経済効果>だった。招致活動だけでも莫大な税金が使われていることは誰でも想像できるだろうが」 六郎「そうですね、今10人余りのIOC委員が来ていますね。接待をやっちゃあいけないのでしょうが、①最新鋭のエコバスで送り迎えする、②東京中にオリンピック歓迎の旗ぶら下げる、②委員たちの視察先に多数の人員を配置して、手を振らせる。④東京大学が作った眼鏡・・それでオリンピック開催予定地をのぞくと、目の前の草むらの上に建設予定の競技施設が、さながらあるかのごとく見える、という最新技術の成果・・を委員全員に配布する、⑤委員たちの乗ったバスが交通渋滞に巻き込まれないように、途中の道路工事を差し止めたり、係員が先行して、道路事情を探り渋滞の恐れがあれば、進路変更をする、・・・・などなど、さまざまな努力に膨大な金が使われているはずですね。すべて東京都の金(税金)ですね。それだけでも、何十億・何百億円ですかね?」

2、三郎「<オリンピック招致決定→オリンピック実施>のための施設建設費には、既存のもののほかに、だままだ数千億円かかると聞いておるが、いざ招致となれば、それに加えて人件費・運営費そのほかが膨大で、全部で何兆円にもなるんじゃないかい?東京都の金だけではまかなえんから、国が助けるそうじゃな。全部税金じゃ。しかも、召致の成否か決まるまでの間にも、先行して工事やっておるはずじゃ。こりゃあー、招致がNO、となった場合はまったく無駄な投資じゃ。・・・あのな、前も言うたが、全国公立小中学校の、まだやってない耐震補強工事費用は1兆円だそうじゃ。今日明日にもどこに地震が来るかもわからん。本当は大至急でやるべきことなんじゃ。だが、やらんのじゃ。一方で定額給付金(自民・公明の選挙用票買い給付金)は今実行中じゃ。この総額は2兆円じゃ。半分の1兆円で、全国の子供たちの命の安全が増えるのに、それを後回しにしている。加えて更に、オリンピック対策の方が優先されるんじゃ」 六郎「知事や首相の対庶民感覚がよく分かりますね。こりゃあ、政治家じゃありませんね」 三郎「そうじゃ、政治屋じゃ。彼らの庶民を見る目は、<この下郎どもめ、テェメー等町人どもめ・・・>ちゅうことなんじゃ」 六郎「そう思って知事や首相の顔見ると実感が湧いてきますね」

3、三郎「さっき言うた、10チャンネルのスクランブルちゅう番組によれば、オリンピック招致による経済効果を、都などでは、≪2兆数千億円≫ちゅうとるそうじゃ。『オリンピックを東京でやれば、2億数千万円日本経済に貢献する。つまり日本が豊になる』と言うておる。おそらく石原知事あたりが役人に≪計算せい≫ちゅうてやらしたもんだろうのう。『都民よ、国民よ、だから招致に賛成せい』ちゅうわけじゃ。今、シカゴとか東京とか、世界の4候補地の国民の『招致に対する関心度=賛成度では日本が一番低いそうだ。知事さんは、これが招致活動で不利になるから、と、必死じゃ。スクランブルにでていた経済学者が言っておったぞ・・『経済効果なんか、オリンピック開催を想定して、その時に落ちる金を大きく見積もって、必要コストを小さく見積もれば、オリンピック経済効果なんていくらでも大きく見せられますよ。2兆数千億円の経済効果?・・眉唾ものですよ』と言うておったぞ。わしも同感じゃ。話は変わるが、かつて、国民が、小泉元首相の『自民党をぶっ壊す』ちゅうパフオーマンスに騙されたのとおんなじこっちゃ」

4、三郎「10チャンのスクランブルには、≪黒鉄(くろがね)ヒロシと、テリーなにがし≫が出演ておったぞ。オリンピックに対する意見は違うようじゃった。テリーは『WBCのあの野球に、国民があれだけ興奮した。だからオリンピックが日本で開催されたら、また国民が興奮する。エエこっちゃ』と言うた。黒鉄氏は『オリンピックの精神は世界的に考えるべき。後進国でまだやっていないところもいっぱいある。WBCはアメリカでもやったが日本国民は興奮した』・・。テリーはオリンピック賛成、ヒロシ(黒鉄)はオリンピック反対・・・と聞こえたぞ。わしゃヒロシに賛成じゃ。かねて、わしゃ、この二人について、≪ヒロシのほうが思考が深い≫と思うておったが、その通りじゃったぞ。勿論、ヒロシは日本の経済・福祉・財政の現状をも考えている筈じゃ。≪知事・首相の自己顕示欲・無責任・傲岸不遜≫が、まさに、オリンピック招致活動に現れておるんじゃ」

5、六郎「今、テレビ・6チャンネルがやっておりました。『今日、IOC委員たちが招致反対論者たちの意見も聞いた』と」  三郎「そりゃあ、エエこっちゃ。うまい説明できたかな?日本は、≪小泉・竹中改革ちゅう悪政≫によって≪財政事情悪化・経済格差拡大・非正規雇用の悲劇・介護等福祉の後退≫などなど重大な局面にある。そこへアメリカ発の世界不況が押し寄せている。・・・≪オリンピック招致賛成者の愚かさと正義感の無さ≫、を痛感するぞ。わしゃのう、ヤクルト時代から古田には好感を持っておったんじゃ。≪好感を持つ≫ちゅうことは、≪野球選手ながら知性はある≫と思うておったんじゃ。その古田が、オリンピック招致活動に参加しておるんじゃ。がっかりじゃ。彼、一応有名人じゃから、知事か何かから、要請されて断りきれんかったんじゃろうのう!?」

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2009年4月17日 (金)

汚されるオリンピック

IOC評価委員たちが来日している。迎えるのが<麻生・石原・・傲慢・庶民蔑視グループ>だから、それだけで批判したくなる。かりに、オリンピックの意義を認めるとしても、彼等が主催するオリンピックでは、<日本の庶民を無視すること間違いなし>だから。税金を湯水のごとく無駄使いして、自己顕示や公私混同に励むんだから。<オリンピックも福祉も>などということは望むべくもないのだから。オリンピックの意義が地に堕ちることになる。彼等がオリンピックを汚していることになる。町中にぶら下げられたオリンピックの旗にも何百万円もの税金が使われている筈だが、託児所・老人ホーム不足で困り果てている庶民は見捨てられている。

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2009年4月16日 (木)

天野裕吉さん、同感です

1、朝日新聞4月16日朝刊『オピニオン』欄に天野裕吉さんの『バカかね』という短文が載っていた。・・・東京都下水道局が作った制服用ワッペンの局名文字の下に、水色の波形線を入れたんだが、これがガイドライン違反ということで、3500万円かけて作り直したとか。これについて天野さんは『石原知事が<むしろいいデザインだ>と褒めたかと思うと、作り直した局幹部に<バカだね>と言った。これはたるんだ話だ。知事は<もっとガイドラインの徹底をはかれ>と叱るべきだ』と評しておられる。まったく同感だ。笑い話にすべきじゃない。この話は、・・下水道局幹部については勿論だが・・知事の<傲岸不遜・庶民蔑視体質>を遺憾なく現している。

2、知事は昔、アメリカへ出張の時、1泊26万円のホテルに宿泊し、・・規定に反して・・出張費で払わせたことがある。宿泊費10万円・20万円の公私混同も、3500万円の無駄使いも、知事には<税金だ>という意識は全くないのであろう。一事が万事、数千万円〰数億円の公金もそんな調子で乱費されていると想像される。オリンピック招致には施設整備だけでも数千億円かかるそうだ。一方で、上野動物園のパンダが死んで、入園者が減ると、知事は「世界は狭くなったんだから、いるところに行って見てきたら」とせせら笑っていたとか。パンダの賃借料は2頭で年1億円だそうだ。知事は税金1億円を惜しんでいるのではない。子供たちの願いなんか意に介していないのだ。「中国へ行けば見られるじゃないか」などというのは、公私混同してどこへでも行ける人間の言うことだ。

3、就任早々の千葉県知事が刑事告発された。この根底にも同じ<傲岸不遜・庶民蔑視>がある。と同時に天野さんの言葉じゃないが、知事になる人間としてあまりに<たるんだ話>だ。新知事の行動をテレビは<熱血(ネッケツ)知事>と表現しているが、その軽さはどう見ても<オッチョコ知事>だ。東京都民も千葉県民も知事選挙で100万票以上投じた。千葉県民は前にもとんでもない御仁を国会議員に選んでいる。・・・大衆の眼力はここまで堕ちているのか?

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2009年4月15日 (水)

続・こういう方々が我が国の官僚・大臣??

1、三郎「あんた、飯塚耕一郎さんをご存じかい?」 六郎「お母さんが北朝鮮に拉致された?」 三郎「そうじゃ。彼、先日、韓国在住の某女(お母さんから日本語習った人)と対面したんだが、ずっと前に、彼は、彼女あての手紙書いて外務省に託していたそうじゃ。それを外務省は忘れておって、対面の後になって<あっ、手紙があった>ちゅうたそうじゃ。5年間忘れてどっかに放置されていたんじゃ」 六郎「放置!?・・紛失よりはましですがね」 三郎「そうじゃ。これが我が国の官僚の対国民意識じゃ。<軽蔑・無視・利用だけ・・・>じゃな」

2、六郎「江戸時代の武士たちが農民・町民を見る目と同じ?」 三郎「然り、然り。<テメーらは、働いて年貢納めるだけでエエ人間なんだ>・・じゃな。役人らも学生時代は、勉強好きの好青年だが、官僚になって5年10年経つと、政治家や官僚の先輩に感化されて、超傲慢人間に変わるんじゃ。人間の弱さじゃ。あんたでも、もしも、ほどほどに頭がよくて(記憶力だけでもよくて)試験に合格して、ほどほどに要領よく過ごせば、役所でほどほどに出世して、こんな傲慢人間になるんじゃ」 六郎「いえ、私はなりませんよ」 三郎「それがなるんじゃよ!人間の愚かさ、じゃ」

3、三郎「飯塚さんが、見たこともない自分の母が、拉致されている時に、つきあった女性に対して、『母の面影も聞きたい』ちゅうのは、ほんまに、ほんまに、切実な心境じゃぞ。ところが傲慢官僚は、そんな、感情なんか理解できんのじゃ。飯塚さんの手紙を書類箱の底にでもほおりこんで居ったんじゃな。まさに庶民蔑視の典型じゃ。官僚の典型じゃ。こりゃあ人間じゃないぞ。あるのは私利私欲・権力欲・出世欲だけじゃ。これが明治以来141年間の日本官僚制度の結果じゃ。それと戦後64年続いた自民党独裁政権が重なって、日本を<庶民蔑視の疑似民主主義国>にしたんじゃ」 

4、六郎「テレビがやっていました。自民党町村派のパーティーの件です。2万円会費で3300人出席。会場いっぱいで、第2・第3会場を作り、料理を急遽宅急便で持ち込んだとか。勿論パーティー券は1万枚程売れていたそうで売上2億円。純益は1億8000万円だとか。会場費・料理代など引いてこの純益ですね」 三郎「そんなパーティーを派閥や個人で何度もやれば大した収入だな。政治資金規正法なんて彼等が多数決で勝手に作るんじゃから、やりたい放題だな」 六郎「そんな政治屋たちは官僚以上に庶民蔑視?」 三郎「然り然り。官僚が141年来の庶民蔑視なら、自民党政治屋は60余年間の権力独占に根ざした庶民蔑視じゃ。みんな純情な青少年だったのが、官僚・政治屋になる頃には、異型人間になっておるんじゃ。これが人間ちゅうもんじゃ」

5、六郎「そんな官僚と自民党政治屋ならピッタリゆく筈ですね」 三郎「そうじゃ。実にピッタリじゃ。じゃから、<明治維新以来の改革>と思われておった官僚制度改革はケシ飛んだ。特に『官僚は使いこなすもの』などと嘯く現首相になってからそれが歴然となったんじゃ」 六郎「それにしても、町村派パーティー券を1万枚買い。3300人出席する、・・・このあたりに根本原因がある?」 三郎「それが日本国民なんだ。<まだまだパーティーに出る値打ちは充分ある>と思うておる。≪第一に利益≫だ。<不況対策で予算は無制限。だから、税金無駄使いで儲けられる。まだまだ自民党にくっついておる価値は大いにある>・・・だな」

6、三郎「次、≪第二にお上意識≫だ。<お上(政治家・官僚)は偉い。ついて行くだけ>ちゅう意識だ。だからそのお上なるものをチェックなんかしやせんのじゃ。国民のお上意識は、官僚制度(141年間)以前からのものじゃ。江戸時代同然じゃ。人を見る目もありゃーせんのじゃ。勿論、子供や孫の将来のための政治戦略なんか全くありゃーせん。日本の子供・孫は可哀そうじゃ。格差拡大・庶民の介護医療レベル低下・教育差別拡大・・・可哀そうじゃ。子供・孫が・・・。責任は≪慢性お上意識病≫にも、・・・大いにあるんじゃ」

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2009年4月 9日 (木)

こういう方々ばかりが・・我が国の大臣?

1、三郎「昨日の夕刊を今朝読んだぞ。こんな記事があった。『日本の核保有については、06年に自民党の中川昭一政調会長(当時)が、<核があることで攻められる可能性が低いという論理はあり得るわけだから、議論はあっていい>と発言。麻生外相(当時)もこれを受けて<他の国は(核保有論議を)みんなしているのが現実だ。隣の国が持つとなった時に一つの考え方としていろいろな議論をしておくのは大事だ>と述べるなど、論議を呼んだこことがある』・・・・じゃ。 六郎「<議論せい>というのは、<議論して核保有を実現したい>ということでしょうね?」 三郎「非核三原則ちゅうものがあるから、ちょっと調子を下げて<議論せい>ちゅうとるんじゃな。本心は勿論<核持ちたい>しかないんじゃろうな」

2、六郎「昔映画で見た・・『若者Aが<あの肉体美を強姦したらエエじゃろうな>ちゅうて、Bが<わしもそう思うがな>と答える』・・そんな1シーンを、思い出しましたよ」 三郎「お前、なんちゅう不謹慎なこと言うんじゃ。バカめっ。・・・わしゃのう、昭和の時代に、帝国陸軍の若僧将校たちが『ソ連の南下に備えて満蒙を取らにゃー』と議論しておったのを思い出したぞ。議論だけじゃなしに、張作霖爆殺・満州事変をやって、日中戦争・大平洋戦争と、ホンマにやったんじゃがのう・・・。そのおかげで悲惨な人生送った日本国民は何千万人かのう?・・・その若僧将校はのう、参謀になって、若い兵士たちを沢山沢山、無駄死にさせたんじゃ!ほんでもって、ご本人は、戦後に国会議員にまでなったんじゃぞ」

3、三郎「おおそうじゃ。突然、わしゃ、北欧の某国をも思い出したぞ。小国じゃが、世界大戦のときに大国に攻撃されて、国民は素手で果敢に戦った。今、それらの国民は≪高負担高福祉≫に満足して幸せに暮らしておる。≪高い税金も、わしらのために国に預けるんだ≫と政治家を信じてのう!ほんまに、政治のすべてはガラス張りらしいぞ。その国の政治家たちは、自ら自家用車を運転して国会に通うんじゃ」

4、六郎「今朝の朝刊で『ニュースがわからん!』を読みました。さっきの、≪核論議先生=もうろう会見先生=<質問者何処だっ?>と怒鳴った傲慢先生=ローマで展示品に手を触れて警報鳴らし、しかも、<鳴らしてへん>と、嘘ついておった先生≫のことが出ていました。・・『2時間待てば成田空港からローマ行き民間機が出るのに、わざわざビジネスジェット機をチャーターして、6人で往復4100万円(一人当たり683万円)、も、税金浪費したそうですね。同じ会議に11人が参加した日本銀行の飛行機代は往復計約900万円(一人当たり82万円)だったそうです」 三郎「なるほど、なるほど。昭和時代とチーとも変わっとりゃせんぞ。傲慢・短慮・(国民に)冷酷・・・あの参謀将校そっくりじゃ。・・・然もじゃ、その<もうろう会見さん>と大の仲良しが、おんなじ核論議好きで、あの、<昭和の、首相・陸将・参謀総長を兼務して太平洋戦争に突入したトウジョウナニガシそっくり>で、しかも、<昭和期に満蒙強硬論者じゃったヨシダナニガシの孫>なんじゃ。その御仁は、今や、<昔の二人のナニガシさん>とおんなじ地位におるんじゃ」 六郎「もしかして、その御仁は、<踏襲(フシュウ)・怪我(カイガ)・頻繁(ハンザツ)・未曽有(ミゾユウ)・詳細(ヨウサイ)・詰めて(ツメメテ)・有無(ユウム)・物見遊山(モノミユウザン)・前場(マエバ)・参画(サンガ)・措置(ショチ)ちゅう漢字読みの名人じゃないですか?」 三郎「おお、そうなんじゃ。そうなんじゃ。クワバラ、クワバラ!!!」

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2009年4月 7日 (火)

山口教授の良識

1、三郎「ちょっと古くなるが、3月26日の朝日新聞の「私の視点」に記載されていた北大山口二郎教授の意見は秀逸だぞ」 六郎「私も読みました。簡明直截であり、政治の原点を示してくれていますね」 三郎「政治は国民の安寧のためじゃ。それ以外のなんでもない。ところが、現実は世襲・金満人のそっくりかえり場所になっておるだけじゃ。老化・貧窮・離職の辛酸を舐めている多くの国民を放置してな。そのそっくりかえりの典型が歴代総理じゃ。現職もその前も、その前も、その前も、じゃ。わしゃのう、福田総理誕生の時に、祝電打って≪国民のためだけの仕事してください≫ちゅうたんじゃが、あのブザマさはなんじゃい!?  戦後60年間、自民党政権が続いて腐敗しきったんじゃ。首相だけじゃない。幹事長や派閥の親分見てみろ。あのいやらしさ・・・」

2、三郎「山口教授の意見の要点を書くぞ。≪検察という官僚組織が政治的に中立でないことは、今までの政治家に絡む事件を見れば明らかである≫・・山口教授は紙幅がないから実例挙げんかった。歴史上沢山あるぞ。わしゃ、前に一つ話したことあるぞ。大正時代の森戸事件じゃ。検事総長平沼騏一郎と山県有朋らが大正デモクラシー潰しをやったんじゃな。昭和にだって、例えば帝人事件がある。枚挙に暇なしじゃ。現在、元警察庁長官の現官房副長官が新設の内閣の人事局長になりたがっている。麻生首相もそうしたがっている。これも今の官僚腐敗組織を是認するためじゃ。検察も警察も官僚一派じゃ。官僚はすべて、身分維持・天下り・・を今まで通り続けたいんじゃ。それがいかに多くの税金無駄使いをして、それが介護医療教育の金を減らしておるか!!」 六郎「つまり、日本では政治家官僚の都合のために税金浪費して、庶民が介護医療教育などでしわ寄せされている?」 三郎「然り然りじゃ。欧米先進国なかんずく北欧各国みたいに高い税金取られても、それが全て国民のために使われる。国民は、じゃから安心して政府にゆだねておる。それと日本は天地の差じゃ」

3、三郎「山口教授の引用続けるぞ。≪自民党の腐敗、堕落ぶりは国民の忍耐の限度を超えている≫・・わしが言うた通りじゃ。こんな事実すら言わない識者が多いのが日本じゃ。国民も見る目がない。≪政治家や政党を選ぶのは、よりましなものを見分ける作業であり、真に必要な政策を徐々に実現することこそ社会変革の王道だという感覚を持つことこそ、政権交代可能な政党政治を支える国民の気構えというものである。小泉純一郎という人気者の構造改革という大言壮語に熱狂した揚げ句に、社会保障と雇用の崩壊に直面している日本人にとって、この事は特に重要である≫・・わしがさっき言うた事とおんなじじゃ。偉いのう!!山口さん!!。わしも大学教授やったからよく分かるぞ。ピンからキリまである。事実言わずに勝手な歴史観をほざくどっかの名誉教授もおるんじゃ。山口氏は憂国の士じゃ。庶民の味方じゃ。正義感の持ち主じゃ」

4、三郎「小沢氏の金の集め方は褒めたもんじゃないが、自民党にはそれ以上の政治家が5万とおるぞ。だのに、選挙前に検察は小沢秘書だけを逮捕した。こりゃあ、間違いなく、検察が政権交代を嫌ったんじゃ。国民は小泉純一郎的ハッタリに騙され、千葉県知事を選挙するんじゃから、しゃあないのう!もっと奇妙奇天烈なのは、そうなると、麻生首相の支持率が上がったことじゃ。小沢秘書が逮捕されても、麻生氏のお粗末さには関係ないじゃんか。これくらい日本の大衆はアホなんじゃ」

5、三郎「山口教授説を更に引用するぞ。≪民主党に何よりも必要なことは、政府の無為無策を批判し、戦闘体制を構築することである。そのためには、やせ我慢でいいから、企業団体献金の禁止に踏み出すことと、政権交代によって実現する社会保障や雇用の再建策を具体化することが急務である≫・・正論じゃ。<庶民第一>という意見じゃ。自民党も公明党も民主党も、ショウモない人間は多い。じゃが民主党は政官業癒着に毒されておらん。政権与党に長い政党の人間は、税金を乱費しておのれの懐に入れるという習慣に浸かっておるんじゃ。民主党は政権取れば当分は庶民のために一生懸命になる。それだけが狙いじゃ。今、麻生政権は、<後は野となれ山となれ>とばかり税金をむちゃくちゃ使うておる。これは選挙前の人気取りじゃ、票買いじゃ。交付金(12000円・20000円)とおんなじじゃ。そんなのに騙されるなよ。エエか。国民がアホウだったら、子供や孫を永久に不幸にするんじゃぞ。あんたら、親じゃろうが、祖父・祖母じゃろうが。子供孫を大事にせんかい。猫かわいがりはするのに、おのれらが死んだあとの子供・孫の運命を考えん、そういうアホウ庶民が多過ぎるぞ。・・・山口教授は、おそらくそういうアホ庶民にあきれておるはずじゃ」

6、六郎「話変わりますが、つくずく思います。政治家二世三世で3バンがあって政治家になって与党の首相候補になるような御仁、ホントはその辺の平凡青年。ろくろく勉強しない、正義感なんか皆無。家系が有名人だから嬌満・傲慢・庶民蔑視。それが3バン(地盤・カンバン・・)あるだけで国民の運命握る・・・本当におかしなことですね。もっとわれわれ、孫子を大事にしないといけませんね。つくずく思いますよ」

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2009年4月 2日 (木)

大国主義?・・小国主義?・・歴史観3,昭和

四郎、次は昭和の話になる。長くなるからつまみ食いするが、このつまみ食いは、○○さんのそれみたいに<都合いいところだけつまみ食い>するんじゃなくて、<重要なところだけつまみ食い>するものだ。その上で小国主義論者も紹介する。ここでは大国主義と小国主義の話をするんだから・・・。

1、前述したが、政治学者吉野作造が「日露戦争が、一方に於て国民を帝国主義的海外発展に陶酔せしめた・・・」と書いたのは、『社会科学1923年2月』である。大正12年2月である。既に大正4年の対華21カ条要求には触れたが、吉野教授の言う「帝国主義的海外発展」の具体例は、昭和に入って張作霖爆殺(昭和3年)・満州事変(昭和6年)と続いた。そうして、それらの出来事の特徴は、出先の暴走を本国政府がうやむやにした、ということでもあった。その事例は、例えば明治17年の甲申事変(在朝鮮の竹添日本公使が武力介入して政権の交代を図った)や明治28年の朝鮮王妃(閔妃)殺害事件(日本の三浦公使が主導した)などに、早くから現れていた。

2、張作霖爆殺から話を進めたいが、その前にことわっておくべきことがある。清朝が滅んで中華民国になったのは大正元年12月であるが、その領土の中には満州(東三省=黒龍江省・吉林省・奉天省→現在の遼寧省)も含まれていた。余談になるが上智大学渡部名誉教授は「満州はシナではない」と強調して、「満州国は本来の溥儀皇帝が建国し、日本はそれを助けただけ。何も悪いことはしていない」と言う。・・・前述のように、なぜか、渡部氏は、対華21カ条要求には一切触れていない。・・・確かに清国は満州族の国であり、それが中国を統一していたのであるが、明治以来から昭和初期を見るについては、渡部氏式の割り切りでは、歴史を見誤ることになる。・・先に話した対華21カ条要求(大正4年・日本→中国袁世凱)の中には満州の利権を要求する条項があった。その前提には、<満州の主権は北京政府にある>という認識があった事は歴然としている。・・ワシントン会議(大正11年)では海軍軍縮条約・4カ国条約・9カ国条約などが調印されたが、日本も批准した9カ国条約では、満州の主権は中国にあると明記されている。国際法的にも、日本政府は満州は中国の一部と承認していたのである。先ずこのことを間違えてはいけない。

3、歴史事実の順番としては『①大正元年・清国が倒れて中華民国になった。②大正4年・日本が対華21カ条要求をした。日露戦争後日本はロシアと4回にわたって秘密協定を結び、満蒙に対する勢力範囲を分けあった。21カ条要求にはその日露秘密協定で日本側の支配となった地域の利権などを、中国に呑ませたものが多い。③大正6年、ロシアに革命がおこり、そのソビエト革命政府は日露秘密協定を暴露して破棄を宣言した。④大正11年・9カ条条約が締結された』となるが、その9カ国条約では、「中国の独立・領土保全・門戸開放・商業や工業における機会均等」、などを、それぞれの締結国が守るということになった。それまで長い間の、先進各国の<やり得帝国主義>に歯止めがかかり始めたわけだ。日本が対華21カ条要求で無理やり呑ませた山東省の旧ドイツ権益などは手放さねばならなかった。帝国陸軍はこれに強い抵抗感を持った。かねて<日本は出遅れている。先ずは満蒙を中国から独立させて、支配下におこう>と考えていたところだから(勿論陸軍以外にも吉田茂そのほかの対満蒙積極論者がいた)。

4、もうひとつ、歴史事実の順番を明らかにしておく。日本陸軍の中国国内駐留の歴史だ。こんにち沖縄そのほかにアメリカ軍が駐留しているように、はるか昔から日本軍が中国各地に駐留していた。『①支那駐屯軍(天津軍)・明治33年、義和団の乱の鎮圧に各国が兵を出した時日本も出し、それ以来駐留、天津などに。②関東軍(最初は独立守備隊)・明治38年、日露戦争後、旅順などに。③中支那派遣隊・大正元年、辛亥革命後、漢口に、④北京駐屯歩兵隊・大正元年、辛亥革命後、北京に。⑤青島守備軍・大正7年、第一次大戦時に占領し、そのまま残置、青島(チンタオ)に。何れも利権や居留民を保護するという名目』・・・大正11年の9カ国条約後③④⑤は廃止したが①②は残った。・・・その②の関東軍が昭和3年の張作霖爆殺や昭和6年の満州事変を起こした。・・また①の支那駐屯軍が昭和12年7月7日夜、北京の近くの盧溝橋付近で演習中に、中国軍方向から飛んできた銃弾が日中戦争の引き金になったのである。

5、いよいよ張作霖爆殺に入る。中華民国成立(大正元年)後も、中国各地は軍閥割拠でごたごたしていたが、そんな中で、孫文・蒋介石が連合した国民政府軍や共産党軍や満州を抑えた張作霖の東北軍が目立った。先ず、日本は満洲を抑えるために張作霖を利用し、応援もしていた。ところが張作霖はだんだん増長して大元帥と自称し、日本の言うことをきかなくなってきた。関東軍などでは、張作霖を排除して満州を直接抑えたい、と思い始めた。昭和3年、張作霖が国民党軍に敗れて北京から奉天(現瀋陽)へ逃げてくることのなった。

6、元陸軍大将で政友会総裁の田中義一首相は、その頃も、張作霖を利用し続けようとしていたが、関東軍は抹殺を考えた。関東軍高級参謀河本大作大佐は、「張作霖を殺し、それで満州が混乱するのに乗じ、治安維持の名目で関東軍が出動して満州を制圧する」という計画を立てた。現場指揮官は東宮鉄男大尉で、日本軍の工兵が満鉄線ごと張作霖の乗った列車を爆破して殺した。昭和3年6月4日早朝に。それには現地人3人を使った。その1人は逃げたので、2人を殺して付近に放置して犯人に見せかけた。この後、日が経って、事実が段々明らかになってくる。・・・証拠は「①飛び散った火薬は日本軍の高級黄色火薬であった。②死体2人はアヘン中毒患者であった。③彼らが所持していた暗殺趣意書は日本人が書いたと分かる日本式漢文であった。④爆破スイッチにつながる電線が日本軍の鉄道監視所に引きこまれていた」・・・などである。・・・河本大佐は、爆殺現場に配下の奉天軍が駆けつけたら、関東軍が攻撃するという手筈であった、が、奉天省長は奉天軍を出動させなかった。それだけでなく、父の後を継いだ息子の張学良は、日本軍に父が殺されたことを知って国民政府に合流することにした。同年12月のことである。計画は失敗し、事態は関東軍にとって、より悪くなった。

7、この真相が明らかになれば、国際的な事件になる。河本大佐も関東軍も、関与を否定した。それだけではなく、事件時の白川義則陸軍大臣が、本件のために3千円という大金を用意したという事実も出てきた。軍中央も関与しているとすれば、当然陸軍は、田中首相が事態を明らかにすることに対して、圧力をかける。・・・田中首相は事件から半年以上経った12月24日になって、はじめて天皇に報告した。「陸軍が調査し、陸軍が関与していた場合には厳罰に処します」「よろしい、そうし給え」となった。

8、ところが更に半年経った昭和4年5月6日と6月27日(事件から約1年後)になって、田中首相はようやく参内して「陸軍は関与していません」と報告した。関東軍の責任は張作霖警備義務違反だけだとして、軽い処罰にした。「司令官は予備役編入、河本大佐は停職処分」であった。・・・この時、昭和天皇独白録にもあるように、田中首相は天皇から「辞職せよ」と言われたらしい。7月2日に田中内閣は総辞職し、元首相は程なく死亡した。

9、この間、元老の西園寺公望が、最初は「厳しく調査し処罰すべきだ」と言っていたのに、後になって豹変した。陸軍からの圧力に屈したと言われている。この間陸軍内部は、例えば二葉会(陸軍のエリート達の会合。永田・岡村・東条・岡部・・・)で、事件の真相秘匿・河本守護を相談したり、軍幹部が閣僚を説得して味方につけ、衆議院の野党や貴族院に手を伸ばし、枢密院の平沼一派の手をかり、宮廷内部にも手を伸ばした。天皇側近の内大臣牧野伸顕の女婿が吉田茂(麻生首相の祖父)であるが、吉田は陸軍の満蒙問題解決強硬論の河本大作・石原莞爾・鈴木貞一らと気脈を通じていた。陸軍の鈴木参謀総長・武藤教育総監らが白川陸相に対して田中首相に圧力をかけるように言い、白川は田中に辞職をちらつかせて脅した。政友会総裁の田中は党内基盤が弱く、出身元の陸軍に強圧を受けると堪えられなかった。その変身が天皇の不興を買ったのである。新聞はわずかに『東京日日新聞が、事件の真相をちらつかせ、司法権の独立を求め、その障害が政府に対する陸軍の抗争にあることを明らかにしただけである。

10、陸軍の処分は、「関東軍司令官は予備役編入、河本大佐は停職処分(1年後予備役編入。後に満鉄理事に就任した)」であったが、これがもしも軍法会議に付され事実が究明されていたとしたら、河本大佐は、刑法第126条等に照らして死刑はまぬがれなかった筈である。張作霖爆殺事件の曖昧化は、満州事変・日中戦争・太平洋戦争とつながって、何千万の日本国民を不幸に陥れた。当時の陸軍軍人も、政治家も、吉田茂ら外交官も、新聞も、その数千万国民に対する加害責任者である。同じことは再び起こり得る。・・・張作霖爆殺事件の話は終わる。が、これは、時をおかずして満州事変につながった。・・・なお、余談になるが、「張作霖爆殺事件はコミンテルン(共産主義組織)がやったことだ」と田母神さんが書いたらしい。文芸春秋読んだら別宮さんがそう言っていた。別宮さんは「大事なのは彼が歴史家ではなく軍人だという点です」と言っているが、・・ほんまかい?・・「軍人だったら適当なこと言うてもよい」ということかい?・・最近この種の曖昧発言が多くなってきたな。やっぱり世の中危険になって来たのかい???。

11、昭和5年早々、陸軍の参謀本部も陸軍省も河本の復職運動をした。10月1日には、陸軍幹部(大佐・少将級)多数が赤坂に集うて河本の慰労会を開いた。反省などは勿論ない。それどころか、前年の昭和4年(爆殺事件翌年)早々には、関東軍作戦主任参謀石原莞爾中佐は奉天付近の中国軍を電撃的に攻撃する作戦計画を説明し始めている。同年7月3日から12日間の北満参謀旅行では「関東軍満蒙領有計画」を説明している。石原は「国内の不安を除く為には対外進出によるを要す」として満蒙に狙いをつけ、「満蒙問題の解決は日本が同地方を領有することによりて始めて完全達成せらる」とある。・・・昭和5年11月中旬から1カ月にわたって陸軍省永田軍事課長が視察し、満州にも行った。関東軍石原参謀から奉天近郊の柳条湖が武力行使に適している、と暗示され、石原の求めで、永田は奉天城攻撃のために24センチ榴弾砲2門を関東軍に送ることにした。

12、昭和6年4月1日の陸軍師団長会同の時の「昭和6年度国際情勢判断」には「帝国の国策は有(アラ)ゆる機会を捉え海外の領土を獲得するか、又は所謂勢力範囲を拡張せざるべからず。此目的に適合するものは各種観点より接壌地たる満州及東部内蒙古更に進んでは極東蘇(ソ連)領なりとす」とあり、「軍部先ず自ら部内の決意を統一し確乎たる信念を以て政府、国民を鞭撻指導し時局の重大と奮起精進の必要とを自覚せしめ・・・」とも述べている。あの頃の軍国主義宣伝・教育はこういう狙いであった。それから・・・、張作霖爆殺の時に、真相究明を避け、責任者処罰をしなかった(または軽微にした)事が、その後の、出先の、独断専行機運を高めた事も重大である。

13、長くなるが、後少し付け加えれば、第一次世界大戦(大正3年〰大正7年)が長期戦・消耗戦・総力戦であったことから、今後の戦争のためには自給自足圏の形成が必須であるという考えが強くなった。大正6年、既に参謀本部の小磯国昭班長は「支那資源を等閑視するな」と言い、大正7年、参謀本部宇垣一成作戦部長は「日支を打って経済上の一単位とすべし」と言っている。一挙に中国全体を日本の自給自足圏に組み込めない以上、まず満蒙を領有し、次に中国本部を領有するという順序が考えられていた。張作霖爆殺・満洲事変の後には、日中戦争まで想定されていた??

14、昭和6年9月18日夜10時過ぎ、奉天近郊の柳条湖で、関東軍は満鉄線を爆破し、これを中国軍によるものとして、中国軍の北大営を攻撃、その後短期間に奉天城、長春地方、吉林地方を占拠。若槻内閣は不拡大方針を決めたが、陸軍は「政府が同意しないなら政府が倒壊することになるぞ」と。結局政府は柳条湖以降の行動を承認した。ただ、関東軍も当初の満蒙領有から親日政権樹立に変更した。かくして「我が国の支持を受け東北四省及蒙古を領域とせる宣統帝を頭首とする支那政権を樹立し、在満蒙各種民族の楽土たらしむ」ということになった。

15、この事件をマスコミは大々的に報じ国民を熱狂させた。朝日も毎日も・・。戦争は新聞を儲けさせる最大の武器である。・・・中国本土では蒋介石・汪兆銘・毛沢東そのほかの軍閥が割拠していた。国際連盟が動き始めたが、日本軍は張学良軍を破って錦州も占領した。やがてアメリカあたりが日本の行動を批判し始めた。中国の反日運動も激化した。昭和7年1月、関東軍の説得で陸軍省・海軍省・外務省が「中国人自身が自分たちの独立国を作る、日本はそれを手助けする」という建前を合議する(上智大学の渡部名誉教授のいう「日本は溥儀の満州国建国を助けただけ、悪いことはしていない」というのはこの建前論そのまま・・・、なんとなんと、これが歴史家?)。・・・昭和3年に米英仏独伊日など15カ国で不戦条約が締結されていた。「国策の手段としての戦争を放棄する」と。満州事変はそれに違反するから、「中国人による独立を手助けする」という建前を強調することにした。

16、昭和7年になると、満州事変に関する国際社会の批判が厳しくなる。かねて関東軍の板垣・石原参謀たちから田中隆吉中佐が依頼されていた工作が行われた。田中隆吉と川島芳子(東洋のマタ・ハリ)が動いた。上海で托鉢していた日本人の日蓮宗のお坊さんや信徒が2人殺され3人負傷するという事件が起こり、日本軍が中国軍を破った。やがて停戦するが、これが上海事変である。上海事変は世界の目を満洲から上海に向けさせる為の謀略であった。昭和7年3月1日、満州国の独立宣言が行われた。この頃、日本国内には暗殺事件やクーデターが頻発した。昭和7年5月15日の5・15事件そのほかだ。犬養首相が殺された。5・15事件で政党政治は終わりを告げ、軍部支配の国になって行った。

16、昭和7年9月15日、日本は満洲国独立を承認した。国際連盟リットン調査団が満州を調査し、「満州国の独立は問題を残すものの全否定ではない」という日本にとって必ずしも不利でない報告をしたが、国際連盟は日本の満州国からの撤退を要求した。昭和8年2月、陸軍大臣や外務大臣が国際連盟脱退を言いだし、大新聞もあふった。国民もそれらにつられて熱狂した。かくして日本は国際連盟を脱退し世界の孤児になった。それはつまり軍国日本の誕生でもある。そうして昭和8年9月5日には出版法・新聞紙法が改正されて、新聞雑誌ラジオが強い統制にさらされるようになった。

17、昭和の話はここでストップするが、この後は日中戦争・太平洋戦争へのひた走りである。・・・つまり、明治以来、大国主義政策を続けてきた日本が、いよいよ大詰めに近づいたということである。・・・・・以下は小国主義(=小日本主義)の話に移る。明治末期から『東洋経済新報』に拠って来た三浦銕太郎(テツタロウ)は、植民地の拡大(領土拡大・大陸侵略)は、経済的にも政治的にもプラスどころかマイナスであることを強調し、その象徴として満州放棄を提起した。それは後継者石橋湛山に引き継がれた。

18、満州事変当時から、湛山は言った。「日本が満蒙の特殊権益を保持する方針をとる限り根本的解決はない」「支那の政府と国民は一時力に屈しても何時か必ず問題を起こす。かの大正4年の21カ条要求がその後いかなる結末を示したかを見ればわかる」「いかなる善政をしかれても、日本国民は、日本国民以外の者の支配を受くるを快しとせざるが如く支那国民も同様の感情を有する」「過剰な人口のはけ口としての満蒙論があるが・・領土を広げたとて解決できぬ。台湾・朝鮮・樺太・関東州・南洋群島・満州・・・は、なんら人口問題解決に役立っていない」「満蒙は我が国に対してなんら原料供給の便宜を与えていない。政治的権力よりも平和の経済関係・商業関係の方が良い」「満蒙の国防第一線論・・・これはあたかも英国が、対岸の欧州大陸を領有せねばならぬと言うに等しい。日本は日本海で十分だ。これで不可能なら満蒙を領有しても同じだ」・・太平洋戦争の結果が湛山の国防論の正しさを証明した。

19、『戦う石橋湛山』で、著者半藤氏が書いている。「戦後日本の繁栄は、満洲体験なんかによるのではなく、戦争の教訓として学んだ商業立国主義・各国との相互援助主義・平和主義によるもの、とみるほうが正しいのではないか。」「狭い領土にこだわらず、世界を領土として自由貿易により生きる、それが戦後日本の大いなる成功を見た。つまり明治このかたの大日本膨張主義よりも、むしろ湛山の小日本主義が資源貧弱国日本に一番ふさわしい生き方であった。そう証明してくれているように思える」「石橋の小日本主義の根底には、経済合理性への信念がある」などと。・・・・・・・敗戦体験を経る前から、はるか昔から、小国主義(小日本主義)者たちが唱えていたことの正しさを、戦後の歴史が見事に証明している。・・・・・今、再び、経済合理性も、政治的現実主義も、いずれも理解できないような、そんな観念的大国主義者が、あちこちに・・特に与党議員の中に・・増えつつあるのは実に愚かしい。歴史は繰り返すのか??

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