週刊文春見た・・・政治家世襲制絶対拒否・・・ 小国主義・・・
1、三郎「週刊文春2月26日号を見たぞ。全体に10分の1程しか読まぬから、<見た>でよかろう。セブンイレブンで立ち読みして、『戦後最低の総理は誰だ』ちゅう記事見たから買うたんじゃな。更にそのアンケート結果で<過去の総理30人中で、『最も最低じゃない=もっともよろしい・・総理』として、石橋湛山が挙げられておったから、興味をひかれたんじゃ。2000人に聞いて、最低と思う順に3点・2点・1点とつけさせたら石橋湛山は全部で0点、つまり最低点が一つもなかったんじゃな。勿論、集計結果は1位麻生太郎(2357点)、2位宇野宗佑、3位福田康夫、4位森喜朗(1474点)、5位安倍晋三、6位小泉純一郎、7位村山富一、・・・15位宮沢喜一(73点)・・20位吉田茂(19点)と来て、・・24位片山哲と池田勇人(ともに9点)・・28位芦田均と鳩山一郎(ともに2点)30位石橋湛山(0点)じゃった」
2、三郎「調査対象の2000人をどうして選んだか、は書いてなかったが、戦後30人の総理を全て知っておる人間はおりゃあせんぞ。新聞・テレビなどで読んだり見たりしたほかには、歴史を学んだ人間でないと総理の評価なんか出来やせんわい。・・と、わしは思うたんじゃが、結果が、以外にも、割合妥当なんで、わしゃ、興味をひかれたんじゃ。・・・<この調査、いささかウサンクサイぞ>とも言えるぞ。・・割合エエ結果じゃし、≪石橋湛山が0点、つまり戦後最高の総理≫となっておるのは、面白いんじゃ。あんた石橋湛山なんか、知りゃあせんじゃろうが?」
3、六郎「聞いたことはありますが、どんな人物か、どんな業績か、知りませんね」 三郎「そうじゃろう。そうじゃろう。じゃから、この2000人アンケート調査はクサイぞ。雑誌編集部の作りもんじゃないかい?・・・それでもエエわい。麻生太郎はじめ1位〰5位は50歩100歩。まーエエとこじゃ。麻生氏はまさに渦中の人物だから戦後最低総理1位になるのは当然じゃが、その渦中の人物でなくても、先ず①嬌慢・・吉田茂の孫・大金持ち・・庶民なんか見下しておる。②漢字が読めなかった。『漢字くらいのことで』という人もいたが、あれだけのひどさは、即、能力破綻の現れじゃ。判断力も決断力も、すべてが常軌を逸しておることにつながっておった」
4、三郎「麻生氏の言動のグラグラもその表れ。中川事件に関する対処も。あれじゃあ、たとえ、会社員であったとしても最低じゃ。昔も、麻生家の会社じゃったから社長もつとまったんじゃな。自民党総裁選で選ばれたこと、・・不可思議じゃな。マンガ好き・ベランメー調なんかでもって、<庶民に受ける>と思うた自民党面々のアホさ加減、人物眼の無さ。国民に対する無責任ブリ。間違いなく、『麻生の無力=自民党の無力』じゃ」
5、六郎「私も文春読んでみました。麻生氏について『予算委員会で制度と運用の区別もつかず・・オロオロ』とありました。これ無能の証拠!だが、無能といえば森喜朗氏も同じですね。国民誰でも一見して分かるはず。彼を総理にしたのは、小淵氏急逝時の数人の会議で。国民を舐めきっている証拠。森内閣の支持率は5、7パーセントまでなったとか。こんな嬌慢自民党を未だに支持する国民がいるのが不思議で仕方ありませんね。・・・ともかく森・麻生はどっこいどっこい・・・ですね」
6、六郎「その麻生・森に挟まれた宇野宗佑氏は、総理就任3日後に神楽坂の芸妓に告発手記を書かれたそうですね。・・・どっちにしても、1位〰5位は、どっこいどっこい、ですね。文春にあるとおり、福田氏は『自分を客観視できない典型的なお坊ちゃん』で、阿倍氏は『単なる二世のボンボン』ですね。二世・三世・四世(小泉)は絶対禁止すべきですね。彼ら、すべて、<ボンボンで無能間違いなし>。でも<地盤・看板・鞄>で当選するから、『ホンマのフニャフニャボンボン』ばっかり。あの中川酔っ払い財務相も二世ですね。記者会見で、フニャフニャになりながら、日銀総裁に対する記者の質問にまで『なんだ?』と傲慢に口はさんだ。政治家後援会というものは、それぞれ利益供与(税金無駄使い)・就職斡旋・選挙応援などなど個人利益が輻輳しておる。その地盤・看板・鞄で当選しやすいだけでなく、この地盤・看板・鞄は自民党の中でも威力を発揮して、無能代議士を総理候補にしてしまうんじゃな。だから、世襲は好ましくない。世襲なら必ず選挙区を変えること。これを法制化すべきじゃ」
7、三郎「自民党のお粗末さ見てもきりがない。わしゃのう、それより、『戦後最低総理番付の最下位、つまり、一番ましだった総理』に石橋湛山が上がっておったことについて、あんたに解説してやりたいんじゃ。湛山といえばまず『小国主義ないし小日本主義』から始めんといかんぞ。この言葉、広辞苑昭和30年版には載っておらん。古くからある思想・言葉じゃがのう?・・・この事が『日本文化の偏り』を物語っておるんじゃ。戦後60余年、自民党が日本の政権を支配してきた事とも無関係じゃないぞ。今の自民党員が極めてお粗末な事とも無関係じゃないんじゃ。この事を、今、あんたにも、はっきり意識してほしいんじゃ」
8、三郎「小国主義は大国主義の反対概念じゃ。『大国主義』は広辞苑に出ておる。『国際関係において、大国が自国の強大な力を背景にして小国を圧迫する態度』とな。小国主義は一応これの反対概念じゃ。孟子も『君主のとるべき道として覇道と王道がある。前者は大国によってのみ可能だが後者は小国でも実現できる』ちゅう記述があるんじゃ。古代ギリシャのプラトンやアリストテレスも小国を論じ、小国を賛美している。ま、古い話はこれくらいにしておく。要するに小国主義は古い時代からの哲学・思想なんじゃ。それだけ覚えておけよ」
9、三郎「さて日本で。・・・明治39年(1906年)10月、山県有朋は『帝国国防方針私案』を上奏した。それは日清・日露戦争を経、産業革命を進行させ、明治天皇制国家に大陸侵略(つまり大国主義)をとらせるという宣言であった。この間、小国主義は、キリスト教や社会主義の思想に細々ながらつながっていた。例えば、クリスチャン内村鑑三は日清戦争を義戦としたが日露戦争については非戦・小国主義をとった。当時小国主義は日本の産業立国を説き、内村は農林水産立国を説いた。デンマークやオランダを模範にした。内村の小国主義は孤立主義ではなかった。国の広さは小ながら世界に占める位置や働きでは大きく膨張するものだ、としたのである」
10、三郎「明治政府の山県有朋的大国主義に批判を投げかけたのは三浦銕太郎(テツタロウ)であった。明治の終わり頃から東洋経済新報に拠った三浦は小日本主義を主張した。端的にいえば大日本主義は軍国主義・専制主義・国家主義であり、小日本主義は産業主義・自由主義・個人主義であると言える。明治44年に三浦は、『帝国主義は①軍備費の拡張によって国民を疲弊せしめる。②多数の良民を犠牲にし領土拡張の利益を少数資本家に奪掠せしめる。③保守・専制・武断の政治に傾き立憲政治の基礎を崩す。④排他主義であり、経済上の閉鎖主義・保護主義となる』と論じている。歴史的に見て達観である」
11、三郎「この三浦の後を継いだのが石橋湛山である。湛山は明治40年早稲田大学哲学科を首席で卒業し、明治44年、27歳の時に東洋経済新報社に入社した。湛山は大正10年に『全面的な植民地放棄論(勿論満州放棄論も)を唱えている。小国主義の真髄である。湛山は言った。『日本が満州・台湾・朝鮮・樺太などは要らないといえば戦争は絶対に起こらない。したがって我が国が他国から侵されるという事も決してない。世人はこれらを<わが国防の垣>と言うが、その垣こそもっとも危険な燃え草である』と言った。山形有朋の利益線確保国防論に対するアンチテーゼであった。当時からの≪植民地=人口問題解決≫という主張に対しても、湛山は統計数字を用いながら反論した。湛山の言の正しさは、戦後の歴史が証明している」
12、三郎「石橋湛山は、昭和7年、満州事変で<勝った勝った>と有頂天になる日本国民に警告を発した。昭和8年には、肥大化する軍部の権力に噛みついた。彼は思慮ある剛毅な小日本主義者であった。戦後、石橋湛山は、昭和21年に吉田茂(麻生首相の祖父)内閣の蔵相になったが、この時一つの逸話がある。・・・昭和22年、湛山はGHQ(占領軍総司令部)から公職追放された。勿論GHQに抵抗した。戦時中も反戦反軍思想・小日本主義を貫いた石橋湛山である。吉田茂首相にGHQへの抗議を要請した。・・・ところが、首相の吉田茂は、湛山に協力するどころか『狂犬にかまれたとでも思ってくれたまえ』と言ったものだ」
13、三郎「吉田茂の孫(麻生)も、中川問題で、フラフラ・デレデレ、であったな。剛直と言われた吉田茂だが、それは傲慢の見間違いであって、案外、フラフラ・デレデレちゅう遺伝があったかもな?」 六郎「私の推測を言いますよ。・・・硬骨で有能な大臣を配下に持つと、時に総理も煙たくなる。吉田総理も?・・・GHQは、湛山の実績を充分承知しながらも、その剛直ぶりが煙たくて追放に?・・・吉田総理とGHQの思惑が一致した?・・・勿論、石橋湛山の過去は戦犯とは最も遠いところにあったのに・・・」
14、三郎「昭和26年、追放解除。鳩山一郎(鳩山総務相の祖父)内閣の通産相になった。・・・昭和31年12月、石橋湛山は総理になった。自民党大会で岸信介(安倍晋三の祖父)を7票差で破り、総裁総理になったんだ。奇跡の逆転劇と言われたぞ。このとき石橋は『国民の気に入らない政策もやる』と言い放ってこれまた国民の喝采を浴びたんじゃ」 六郎「麻生総理が、消費税にこだわったのはその真似??」 三郎「役者が違う。いや、人間が違う。<本気で国民のために、と思う政治家>の真似を、<嬌慢・フニャフニャの政治家>が真似しても、すぐにバレてしまうわい」
15、三郎「・・・が、湛山は、1ヶ月後に過労で倒れてしもうたんじゃ。そして、一人で決心して潔く辞職した。引退声明に『私は新内閣の首相として、最も重要な予算審議に一日も出席できないことが明らかになった以上は、首相としての進退を決すべきものと考えました。私の政治的良心に従います。また万一にも、政局不安が、私の長期欠席のために生ずることがありましては、これは全く私の不本意とするところであります』とあるぞ。・・・今日の麻生総理、湛山の爪の垢を煎じて飲めないもんかい?彼は祖父吉田茂の名前も汚しておるんじゃ」 六郎「<フラフラ・デレデレの逆遺伝>などと言われますからね」
15、三郎「湛山の言葉は『私権や私益で派閥を組み、その統領に迎合して出世しようと考える人は、もはや政治家ではない。政治家が高い理想を掲げて国民と進めば、政治の腐敗堕落の根は絶える』であった。週刊文春で『戦後最高の総理』に選ばれた石橋湛山。むべなるかなか?・・それにしても、誰が選んだんじゃ?・・・編集部かい?・・・2000人のアンケート応募者が石橋湛山を知っておったとは思えんからのう!・・・まー、結果が正しいからエエけどのう!・・・≪今日の自民党には、石橋湛山は、ただの一人も、おりゃあせん≫ぞ!」
16、三郎「・・・それどころか、今の自民党には二世・三世議員を中心にして、<大国主義・大日本主義を信奉しておる時代錯誤・不見識人>がいっぱいおるんじゃ。岸信介の孫は総理になって『教育基本法・憲法改正だ。国民に愛国心を・・』と言いながら、アッという間に政権投げ出した。もともと<全然その器でないのに>、じゃ。次の総理(福田二世)も、アッちゅう間に政権投げ出した。その次が吉田茂の孫・麻生総理じゃ。『郵政民営化に賛成・・・いや反対・・・いや、やっぱり賛成じゃった』と迷走中じゃし、『中川君、財務金融相頼むぜ』『エッ、酔ッパラっタんかい?あんた予算済んでやめるんかい?エッ、今すぐ辞めるんかい?』ちゅうたんじゃ。彼、≪石橋湛山とは正反対の世襲政治家≫を日々演じてくれて、国民に≪政治家を選べよ≫、≪世襲政治家ちゅうのは、ほんまにヤワじゃぞ。無責任じゃぞ。嬌慢じゃぞ≫と、警鐘を鳴らし続けてくれておるんじゃ。感謝しろよ!!!!」
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