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2009年1月

2009年1月31日 (土)

新聞を読んだ

1、三郎「新聞を読みながらテレビちらっと見たら、麻生首相が国会で参画を<サンカ>と読んでおったぞ。・・またか!!・・」 六郎「ひょっとしたら参加という字見たら<サンク>と読むんじゃないですか?あの方、踏襲の踏が<踏むのフ>で、フシュウだから、参加はサンに<加えるのク>でサンク?」 三郎「下らぬこと言ううな」

2、三郎「新聞4面に『時流読み?安倍元首相、再び』ちゅう見出しで、安倍さんが、麻生首相と中川氏の間取り持ったり、イラクに首相特使として行ったりしたと書いてあったぞ。オバマが頑張っておるようじゃが、日本では、ハート・能力から見て、会社ならせいぜい係長か課長どまりと思われる程度の人間が、どうして、首相になったり特使になったりするんじゃ?」 

3、六郎「何時もあなたが言っている通り・・。日本では未だにお上主義。政治家二世・三世だから・・・、それだけで・・・首相になれる??。そうそう、おんなじ新聞の4面に杉村大蔵議員が『なんで内閣総理大臣の息子は無条件で公認されるのに、私は公認してもらえませんかね、本当に』とぼやいたと出ています。小泉パフオーマンスで、間違えて当選した大蔵君、でも、わが身にかかわる真剣な叫びとなると、真実が読めるんですね。・・これですね」

4、六郎「国民みんなが、自分・孫・曾孫の為の政治を本気で求めたら、選挙も間違いが減って、係長クラスの人物が首相になったりしなくなるんですがねー!!」 三郎「あんたにも!教育の成果が出てきたのう!!・・じゃがのう・・その新聞5面には『介護 なお人手不足』と出ておるぞ。『ばらまき給付金』の2兆円があったら、介護も、大いに改善できるのにのう!!・・こんな日本・・こりゃあ、超々々後進国じゃ。わしが何時も言うとるとおりじゃ」

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2009年1月28日 (水)

週刊朝日買うた

1、三郎「週刊朝日買ってみた。面白くなかった。そんな中で一つ、『やくみつる氏は内館牧子さんとともに、朝青龍に厳しい』とあった。わしも、数少ないお二人に大賛成じゃ。予想に反して朝青龍が優勝したが、彼の人間レベルの低さは不変じゃ。<相撲道>とか<横綱の品格>なんちゅうこと持ち出すまでもない。取り得はただ強いだけ。サッカー選手であれ野球選手であれ、サラリーマンであれ、役人であれ、政治家であれ、朝青龍的言行は最低じゃ。大勢・・相撲協会も、マスコミもフアンも・・有頂天になって朝青龍礼賛じゃ。つまり大勢の関心は、道理感覚(あるいは正義感)などゼロ。・・強ければいい・・相撲界が儲かればいい・・)だけじゃ」

2、三郎「そういう大勢とは、<スポーツマンシップなんか糞くらえで、金いっぱい使うて、ほかから有名選手集めて、チーム優勝だけをを狙う(それで金儲けしようとする)>、そんな、どこかのプロ野球チームのフアンと全くおんなじである。相撲フアン、野球フアン、タレントフアン・・の殆ど大部分には、道理感覚(正義感)ゼロじゃ。<強ければ・・見た目がカッコよければ・・・>それだけでエエちゅうこっちゃ。実に下劣じゃのう!!・・・スポーツでもタレントでも、そこに道理感覚がなければ、こりゃ<ほんとの人間の趣味や楽しみ>じゃないわい」

3、三郎「ところが、これが、国民と役人、国民と政治家の関係でも、全くおんなじなんじゃ。彼等は、政治家の選挙に際しても、スポーツマンやタレントに対する支持の時とおんなじように、道理も正義感も持たぬ。カッコよければエエ。面白ければエエ・・・ただそれだけじゃ。低劣じゃのう!・・・スポーツマンやスポーツグループに対する支持やタレントに対する熱狂が低劣なら、選挙に際しても同じように低劣なんじゃ。≪これぞ、まさに、超低劣人間!≫じゃのう。特に政治家の選挙や支持の時は≪国民のための政治をやれる人物か否か?≫という判断が最重要じゃのにのう」

4、三郎「週刊朝日に、もうひとつ、『麻生変節政局の舞台裏・消費税はどうでもよかった!?、国民の生活より自分のメンツばかり』ちゅう記事が載っておった。麻生首相が消費税を言いだして・・党内に反対が強いと・・グラグラ。結局、消費税騒動の結果、首相が言い出したことはまったく消えてなくなったんじゃ。意味不明の文章にしたんじゃ・・小学生以下の国語力しかない麻生氏にはそんなことも理解出来んじゃろうがのう」

5、三郎「その過程で麻生氏は『俺は本当はどっちでもいいんだけどなあ』ちゅうとったそうじゃ。週刊朝日にそう書いてあるぞ。首相になってこのかた、言うことがしょっちゅうグラグラ、で、<変節首相>とか<アホウ首相>とか言われ続けてきたから、麻生さんは『<また変節>とだけは言われたくない』『なんとか国民の前でメンツを保ちたい』ちゅう一心だったそうじゃ。それがこの消費税騒動の本質じゃ。信念も経綸も能力も全くない首相なんじゃ。その根本原因は、≪スポーツマンにもタレントにも、更に役人や政治家対しても、全く道理感覚(正義感)なきフアン行動をとってきた低劣極まる国民感情≫にあるんじゃ」 六郎「『せめて、<朝青龍に対するやくみつる氏や内館牧子さんの態度>や<金まみれ野球チームに対するアンチ○○球団心情>が必要だ、というわけですね?・・・≪それすらないのが現在日本の低劣国民感情だ≫、というわけですね!」 三郎「然り、然り、然り」

6、三郎「新聞に出る顔をよく眺めたら、その人物・心情・能力は読めそうなもんじゃがのう・・。わざわざ朝青龍に優勝杯渡そうとして(小泉流の人気向上を企図して)土俵に上ったんじゃが・・<内閣総理大臣朝青龍殿>と読み間違えた」 六郎「<内閣総理大臣杯 朝青龍殿>の杯を読み落としてしまった。杯という字が読めんかったんじゃないかな?ですが、<ソーリダイジン・フ アサショウリュウドノ>と読むよりはましでしたが。なんちゅうたって、踏襲をフシュウと読む人ですからね」 

7、三郎「なるほど、なるほど。小学生以下の国語力だからのう。さもありなん、さもありなん、じゃなー。・・・それから、朝青龍に対して小泉流に一言しゃべったんじゃが、それがマイクに載らんかった。・・・小泉氏は<感動した>とか何とか言うたんだったのう。その真似したんだなー・・・そんな現首相の、さもしい所作を見れば、あの人物がどんな御仁であるか?・・・は、いかなるアホでも、すぐ分かる筈じゃないかい?・・それにしても、こうも見苦しい人物、なかなかおらんだろうのう!これが日本国総理大臣なんじゃぞ」

8、六郎「これ即ち≪自民党のお粗末さ≫ですね。アメリカでは国民が経歴知って、演説聞いて、熱狂して大統領を選んだ。日本は戦後60年間、何とはなしに、<職種別税金票交流的自民党後援団>や、<選挙区別お食事会ダンスパーティー会的自民党交流団>などを通じて惰性で自民等議員を選んできた。その中から首相候補として出てきた。・・・それが超々お粗末候補だった。・・・泣きたくなりますね・・さもしいですねー!!」

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2009年1月25日 (日)

昨日、わしゃ、大失敗したぞ

1、三郎「昨日は、わしの新しい入れ歯完成日じゃった。午後4時が歯医者さんとの約束じゃった。25万円の入れ歯代も用意しておった。・・・午後1時半からテレビドラマを見始めた。<山田太一ドラマスペシャル・星一つの夜>じゃった。渡辺謙(A)主演で、あと青年俳優(B、わしゃ初めて見た)と若い女優(C、わしゃ見たことある。名前知らぬ)らじゃった。このBが実によかった。顔・挙措動作が上品で、演技を感じさせない自然さがよかった。Cもよかった。・・・①Aは昔サラリーマン。今40歳代後半?。妻と娘がいた。同じマンションの上階に住む独身女性と浮気し、一緒に帰ってきて同じエレベーターに乗ったが、Aが降りた後、エレベーター内で女性が殺された。Aが犯人にされ11年間服役した。その時離婚」

2、三郎「②Aは出所後ビル清掃人になっている。A・B・Cが知りあう。Bはパソコンで90億円の金動かして株売買している。Cはその恋人。三人の付き合いや会話が実に自然で誠実でよろしい。これぞ山田太一作品!わしゃ釣り込まれてしもうたぞ。赤ワインを飲み始めたんじゃ。・・・わしらしくなく、歯医者との約束を忘れてしもうたんじゃ。4時5分に歯医者から電話がきて、急遽着かえて自転車で駆けつけたんじゃ。歯医者が<飲酒運転は危ないですよ>と言いおったし、家族たちにも大いに叱られたぞ」

3、三郎「・・・わしゃ、こんなこと初めてじゃ。まだまだ認知症じゃないぞ。<有名ではないが、そこはかとした、自然な、上品な映画!>・・さすが山田太一作品だ。わしともあろうものが、取り込まれてしもうたわい。珍しいことじゃのう・・・ともかく、エエ物見せてもろうたぞ。日頃あんまり見やあせん8チャンネルじゃったが。・・フジテレビ・・たまにはエエモンやるのう!」

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オバマ夫妻の経歴見たぞ

1、三郎「新聞でオバマ新大統領の経歴見たぞ。父はケニア生まれの黒人。母はカンザス生まれの白人。二人はハワイで結婚しオバマ誕生。その後両親が離婚し、母がインドネシア人と再婚してオバマもインドネシアへ。71年に、オバマ一人でハワイに戻り名門スクールへ。アメリカでコロンビヤ大卒業。シカゴ貧民街で地域活動。ハーバード法科大学院へ。1997年イリノイ州議会上院議員に。04年11月連邦上院議員に当選。08年11月大統領当選。・・・オバマ・ミシエル夫人。シカゴ貧民街で奴隷を祖先に持つアフリカ系労働者階級の家に生まれた。プリンストン大学卒・ハーバード法科大学院を経て弁護士に」 六郎「どちらも非名門出。というより・・失礼だが・・所謂下層階級出。しかも、名門大学出、つまり秀才?! 三郎「そうじゃ。その≪夫婦のどちらも、下層階級出で、しかも秀才だ≫・・ちゅうことがポイントなんじゃ」

2、三郎「それから、・・零下6度とか7度とかいう寒空のもと、大統領就任式に(遥か遠くからしか見えんのに)、7〰8時間待ち続けて、わざわざ参加した人数が200万人じゃと?気違いじみておらんかい?こりゃなんじゃい?日本人なら行かんわい。テレビで見るわい。アメリカ人は寒さ知らずかい?興奮シー!・・・かい?テレビ見たら観客に黒人も多かったが、白人らしき人間も随分沢山おって、興奮して叫んでおったぞ。・・・国民性の違いや民族構成の違いを差し引いても、この興奮ぶりは、いったいなんじゃい?・・それに比べて最近の日本人、こりゃ何じゃい?。何事も知らん顔。成り行き任せ、お上任せ。・・こりゃなんじゃい?」

3、三郎「日米の違いは、ひとつには、国民性の違いじゃな。アメリカは多民族国家・格差社会・・・個々人が自分を必死に守るし、公憤にも燃える。・・・公憤は知っちょるじゃろ?≪正義感に発する、公に関するいきどおり≫じゃ。・・・ところが、日本には、まだ、江戸時代以来のお上意識があるんじゃないかい?町民意識ちゅうてもエエ。あきらめ、人任せ、無気力じゃな。私憤はあっても公憤はなし、じゃな。・・じゃがな、最近の日米の、政治に関する国民の反応や行動は、それだけが原因じゃないぞ」

4、三郎「オバマ新大統領夫妻の経歴と能力が大きいぞ。それにアメリカ国民性が大きく反応したんじゃ。テレビで見るあの熱狂・感動ぶりは驚異的じゃ。・・・民主主義国の政治家は、本来、≪国民の幸せのために尽くす≫べき。そのために立候補すべきものなんじゃ。そうして、オバマ夫妻のような経歴がある人間であって、始めて、国民・・底辺にある庶民まで・・の立場がわかって、奉仕できるんじゃ。しかも、国民のために尽くすという心情と、それを実行する能力がなきゃならん。アメリカ国民は今回、それを感じたからあれほど興奮したんじゃ」

5、六郎「日本にはそうした政治家がいない?」 三郎「然り然り。あのな、あんたでも分かるじゃろ?小泉・阿部・福田・麻生と続いた首相すべて政治家二世・三世じゃ。それどころか小泉政治家四世を作ろうとしておる。彼らに、底辺の庶民生活を理解できるはずがないんじゃ。これは先天的な問題じゃ」 六郎「二・三・四世個々人の責任じゃない?」 三郎「いや二・三世たちでも、余程本人の心情が優しくて、能力が高ければ、そりゃあ、政治家らしき政治家になる可能性が皆無じゃないが、日本にはそういう二・三・四世政治家はおらんぞ。全部、≪地盤を利用して安易に政治家になって、金(税金)と権力を手に入れよう≫という人間ばかりじゃ」 

6、六郎「そういう人間ばかりを、平気で当選させるのが、先程の日本人の特性?」 三郎「そうじゃ。国民性じゃ。じゃから、日本では、たとえ一世政治家でも、≪国民を忘れた政治家≫ばかりなんじゃ。要するに日本国民は≪自分らの、自分の孫子の、ためになる政治家を選ぼう≫なんちゅう民主主義の基本精神がないんじゃ。じゃから、日本国民の投票行動は、まさに、≪天に唾する行動≫なんじゃ。わしが言う≪天唾愚民たち≫なんじゃ」

7、三郎「日本ではオバマ的経歴の人間は立候補できんのじゃ。立候補しても当選不可能なんじゃから。そりゃのう、これからアメリカで、オバマ批判も出るじゃろう。現実はなかなか難しいから。じゃがのう、あの選挙演説・就任演説が受けたのは、少なくとも、庶民のことが分かり、庶民を思い、みんなとともに努力しよう、という気持ちが伝わってきたからじゃ。それに比べて、麻生言葉は、ありゃなんじゃい?・・傲慢・無能・・丸出しじゃないか。さすがの天唾愚民でもわかるほどの傲慢・無能ぶりだったん。じゃが、小泉旋風みたいに、ちょっとパフオーマンスがうまければ、日本人は、コロッと騙される。・・・なにが改革じゃい?彼は息子を四世政治家にしようとしておる。彼の政策の欠陥が、今、非常勤三割となって、暴露されてきておる・・・しかも、食なく、金無く、住居なき人々すら、世襲政治家の悪業について気がついておらん。これが愚かなる日本の現実じゃ」

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2009年1月17日 (土)

新聞を読んで  ジャーナリストの資格??

1、三郎「今日の朝日新聞『声』欄に『若者に薄れた反共の固定観』という49歳の中学教員の意見があったぞ。内容は『≪近所のおばあさんが、共産党の街頭演説は怖いから遠回りする≫と言っていた。戦前、軍部や政府が≪アカ」は恐ろしい。近づくな≫と宣伝したからだ。討論番組見ても共産党議員の発言を他の議員が冷笑する。これも、戦前の宣伝の影響だ。だが若者はレッテルに惑わされなくなった。いいことだ』という趣旨だ」

2、六郎「共産党は党名変更しませんが、今でも共産主義社会を最終目標にしているんでしょうか?」 三郎「本心はそうじゃあるまい。共産主義国家は、生産・配分をなるべく均等に調整するために、どうしても独裁権力が必要じゃ。そうなると人間の愚かさが出て、必ず腐敗する。ソ連は崩壊した。北朝鮮という反面教師も目の前にある。歴史という鏡があるんじゃ。日本共産党幹部もそれはわかっている筈じゃ。本当は党名を変えるべきじゃが、そうすると社民党などとの境がなくなると思うておるんじゃないかい?」

3、六郎「声投稿者が『国民の声を代弁していいことを言っている』と言うておるのは、そのとおりじゃ。共産党の究極目標は何かのう?民主主義的共産主義ちゅうのは実現可能かいのう?・・・疑問じゃ。となると、徹底型社民党ちゅうことかいのう?共産党幹部も、その辺を考えておるんじゃないかい?じゃから戦前の反共宣伝の影響が若者になくなっておるのは大変エエこっちゃ」

4、六郎「それにしても先程の話のように、≪国会議員の中に共産党議員の発言を冷笑する≫という風習が今もあるのは頂けませんね。他党議員たちは、戦前の<共産党は怖い。特別だ>という風潮を残したいんでしょうね。自分たちが選挙で有利になるように・・・」 三郎「国会議員だけじゃないぞ。たとえばテレビ朝日で、日曜日にサンデーモーニングなんちゅう長時間番組を司会しておる田原総一郎氏なんかも、共産党議員の発言を『共産党?・・ハハハ』などと特別視しておる。彼はもう年寄りだから、戦前の反共宣伝が身に沁みておるんじゃ。じゃがな、ジャーナリスト・・それもテレビで司会する人間・・は、そんなおのれの身についた意識を、ちゃんと自覚して、改めなきゃならんのじゃ。それができんちゅうのは極めて、極めて、お粗末じゃ。ジャーナリストの資格なしじゃ」

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2009年1月14日 (水)

赤羽さんはただの美人じゃない

1、三郎「エチオピアで誘拐されてソマリアに移されていた医師赤羽さんが帰国し、テレビに映った。美女じゃ。じゃが、ただの美女じゃないぞ」 六郎「というと?」 三郎「普通テレビなど見て、<ああ美人だ>と思って忽ちフアンになる。時には追っかける。こういうのが日本国民の大部分じゃ。オバンも中年男も若い男女もじゃ。そんな調子で俳優さんも政治家も追っかけ、政治家だったら票を入れる。これが日本大衆じゃ。じゃがの・・・」

2、三郎「・・赤羽さんを見て<ああきれいな人だ>とみんな思う。話しぶりからみて、<朗らかな人だ>とも言える。だが、<彼女が大学院で学ぶ医者であって、かつ、エチオピアの無医村で、子供たちの感染症治療を続けてきた。ある程度の危険を覚悟しながら・・・>と知ってテレビ見たら、印象は≪朗らかで、心やさしくて、正義感があって、行動力ある、そんな美人≫となってくる。そこでテレビを凝視すれば、言葉使い、笑顔・目つきの中にも、≪たしかにそういう女性だ≫という思いが強くなってくる。さらに彼女の学生生活や、長崎での診療ブリなどを聞けば、彼女の実像がますます明らかになってくる筈じゃぞ」

3、三郎「 六郎「人は、じっくり見ろ、と?」 三郎「そうじゃ。外見だけで軽々と騒ぎだしたら、とんでもない間違いを犯すんじや。さっきテレビに、<栃木で父娘を拳銃で撃った戸崎なにがし>の顔が写っておった。軽薄なる大衆がそれを見れば、到底殺人未遂犯などと思わぬ顔しちょるぞ。・・・まあ、タレントなどについてなら、<軽薄なる人物眼>で相対しても、まあよろし。実害はない。そんなのは、軽薄人が<おのれの知らぬ間に愚行をしておる>か、<追っかけなどのために、ナケナシの金をドブに捨てておる>か、だけじゃから、大したことないわい」

4、三郎「じゃが、自分や家族・子孫や隣人や国民の命運にかかわるような人物に対しては、そんな軽薄な人物眼で対応しては絶対いかんぞ。選挙が然りじゃ。選挙は多数決じゃから、アホが多数おれば、それで物事が決まったしまうんじゃ。つまり<他の国民に大迷惑をかけることになる>んじゃぞ。如何にアホでも、<しっかり見なけりゃ>という思いを持ちながら、テレビで麻生首相の顔を見てみておれば、段々、あの顔から人物が見えてくるようになるじゃろうのう!・・・一見しただけでも、超傲慢・無教養ということが読めてくるじゃろうが」

5、三郎「もっと言うぞ。①麻生氏は小学生並みの漢字も全然読めんのじゃ。・・・≪わしゃ、麻生氏が読み間違えた字数を、ちょっと新聞で数えてみたら、忽ち10文字になったぞ。未曽有(みぞゆう)・頻繁(はんざつ)・踏襲(ふしゅう)・詳細(ようさい)そのほか6文字。・・こりゃあ想像を絶する無学ぶりじゃ。だから、他にも読めない文字がいっぱいある、と推測して間違いないぞ。それだけじゃない。≪踏むという文字を習った時は、読み方が頭に入ったが、踏襲となると、全く無関心または無能力。だからフシュウというとんでもない読み方になった。詳細の詳の字は、洋の字のヨウという読み方から勘違いして詳=ヨウと思った。だから、詳細をヨウサイと読むことになった≫」

6、三郎「漢字に関する無教養は、経済についても、文化についても、政治についても、まったくおんなじなんじゃ。あの人、政治家になったが、初歩的なこと、例えば≪大臣は専用の車や多くの秘書官をあてがわれて、役人の言うままに行動する≫ちゅうことは理解できても、≪庶民の隅々までどんな生活しているのか?≫≪民主主義の本質とは何か?≫などということについては、からきし無知・無関心なんじゃ」 「六郎「なるほど、なるほど。あれだけの漢字無知ということは、≪経済・文化・政治その他すべてについて、まったく同様に低レベル迄しか関心がないし知識がない≫ということを示しているわけですね?よく理解できます。こんな首相・・・とんでもないですね」 三郎「そうじゃ。決して漢字だけの問題じゃない。あれだけの無知は、すべてについての無知・低レベルを示しておるんじゃ」

7、三郎「更に。②定額交付金ちゅう想像を絶する税金無駄使い(2兆円)を、麻生内閣が強行する理由を考えたら・・一人12000円で自民公明両党の票を買いたい・・。③その交付金について、最初、麻生氏は、『金持ちで交付金を貰う奴はさもしい』、と、言うとったが、そのあと、『みんな貰って、それ以上に使ってもらいたい』と言い方が変わった、しかも、『わしが貰うか貰わないかは今は言えない』ちゅうとる。・・・これこそ、漢字(フシュウ・ヨウサイ)並みの無能力だし、無定見・無節操じゃ。身勝手な麻生言行録をじっくり眺めておったら、大衆もだんだん目が肥えてくるもんじゃ。要は心がけじゃ」

8、三郎「今言うた<①②③>のような麻生言行録を、みんながじっくり眺めて考えて、それから、再度テレビの首相の顔を見たら、最初の≪超傲慢無教養≫という印象が<なるほど、なるほど>とはっきり理解できるんじゃ。このようにして、人物眼が養成されるんじゃ。・・・・・そうそう、麻生氏に対してもっと厳しい見方をしておる人間がおったぞ。わしのテニス仲間じゃ。≪麻生太郎ちゅう人物の顔、ありゃあ、幼児顔じゃ。それも、<チーとも可愛いくない幼児、額がしわだらけの低脳幼児≫・・とさ」 六郎「それはいささかひどい!」 三郎「たしかに。・・・じゃが、そのテニス仲間は、何時も、極めて適切なことを言うておる人間なんじゃ。それから、そのテニス仲間、こうも言うとったぞ。『小泉旋風を経験して<ああ、わしら、パフオーマンスに弱かった。人物眼がなかった>と反省した国民が相当数居たんじゃないかい?その反省が今度の<麻生内閣支持率19%、不支持率70%超>に表れているんだ。それにしても支持率19%は高すぎるぞ。0〰3%あたりが妥当じゃないかい?』とな。彼は、ほんまに素直に発言するからのう!」

9、六郎「ところで、さっきお話に出た定額給付金ですが、国民の7〰8割が不賛成という調査結果でしたね。<あなたの言う低レベル国民にしては、よく分かっている>という気持ちがして、驚いています」 三郎「同感じゃ。一人で12000円、家族揃えて4〰5万円臨時収入になるんじゃから、そりゃあ、貰うときはありがたい。ちょっぴり贅沢な食事くらい出来るからのう。じゃが、一度コッキリじゃ。じゃが、総額は2兆円という大金じゃ。それも税金じゃ(今、国の借金は800兆円ある。これは半世紀にわたる自民党腐敗政権の罪じゃが、そんな中の税金2兆円は貴重じゃ)。税金負担の厳しさの印象は、金持ちには大したことなくても、貧乏人にとっては、汗と脂と涙の結晶じゃ。・・・じゃから、一度こっきり12000円もらえる喜びよりも、<2兆円という多額の税金を、長い目で見て、長期的に弱者のためになることに有効に使ッてほしい>と思うのは当然じゃ。わしの言う、愚かな愚かな天唾愚民でも、それくらいは気が付くんじゃのう!」

10、三郎「中小学校の耐震工事は1兆円でできるんじゃ。たとえ貧乏人でも、<12000円を一度コッキリ貰うよりは、全国の子供たちが地震から守られるようになる方がはるかに嬉しい>と思うんじゃ。その程度の良識はあるんじゃのう。誰でも老人になる。さっき言うた800兆円の借金(自民等の犯罪)のおかげで、介護にまわされる税金が減らされておるから、介護人になり手がない。苦労するのは老人と家族じゃ。2兆円をそちらに回せば、一回コッキリ12000円貰うよりは、はるかにみんなの幸せに貢献する。そんなことは、アホ国民でもわかっておるんじゃ。じゃから国民の7〰8割が定額給付金に不賛成なんじゃ」

11、六郎「そんな定額給付金を麻生内閣や自民党幹部はあくまで強行するんですね。まさに国民不在、政治家エゴ。<12000円で、自民党・公明党に対する一票が買えるかも知れん>と思う幹部や<一度言いだしたから今さら後へ引けん>という首相などが強行するんですねー!?」 三郎「大学出たような国民の中にも<12000円貰うときはやはり嬉しいですからね>とぬかすドアホもおるわい。そんな人間は会社でも、何の独創性も発揮せんじゃろうのう。こういうのは、ほら、昔から言うじゃろうが、エエと?、・・<単細胞人間>じゃ。単細胞じゃから、12000円もらうことしか考えられんのじゃ。<それをやめて、総額2兆円を介護や耐震に使えば?>ちゅうことに頭が回らんのじゃ。<12000円で一票買えるかも?>ちゅうアホ政治家はそういう単細胞国民に期待するんじゃのう!?・・・悪徳政治家と単細胞国民(天唾愚民)、この組み合わせが戦後60余年続いたから、いまだに日本は偽民主主義国なんじゃ。わしゃ、もう、長生きせんから、どうでもエエがのう!」

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2009年1月 9日 (金)

輿論・世論・・・

1、三郎「8日の朝日新聞の17面に『私の視点』というのがあった。佐藤さんという京大準教授が≪戦前までは輿論(=意見)と世論(=気分)とが使い分けられていた≫と書いていた。そうだったかな?広辞苑引いたら『輿論・世論、世間一般の人が唱える論。社会大衆に共通な意見。世論は輿論の代わりに用いる表記』とあった。角川の漢和中辞典にも『輿論、世間一般に共通する意見。公衆の議論。(同)世論』とあり、世論で引くと、『世論、世の中の一般の人の意見。輿論』とある。わしも輿論・世論にそこまでの使い分けはしていなかったように思うぞ」 六郎「佐藤さんよりはあなたのほうが年上だから異論あり?」

2、四郎「いや。そんなことはどうでもいいんじゃ。戦後生まれの佐藤準教授は、先輩からそう聞いたんじゃないかい?問題は佐藤準教授が、これらの言葉の意味の違い(ご自分の認識)を使うて書いておる意見が貴重なんじゃ。『世論調査を通じて現れる民意とは意見(佐藤説の輿論)よりその時々の情緒的参加による気分(空気)(佐藤説の世論)に近い』とある。これは調査に応じる国民全体のレベルを示しておるんじゃ。国民の命運にかかわるような選挙でも、単なる世論調査に対する回答でも、いずれも、選挙民や回答者の、その大部分が、意見を持てない(つまり気分しか持ち得ない)低レベルだから、答えはまさに≪低レベルの気分的結果≫なんじゃ。その結果、最近の実例では、あの小泉人気じゃ。選挙に強かったあの小泉時代に、製造業に対する派遣規制を緩めたために、今日の大量首斬りが発生し、<年越し派遣村>まで出来たんだが、<気分>屋の国民大衆は、そんなことも、知っちゃーイネーんじゃ」

3、三郎「佐藤準教授は書いておる。『意見と気分。人の内面では区別しにくいものではあるが、最大の違いは<時間>にある。意見は、自分で考え、他人と議論を重ねてじっくり作り上げられるものだ。だからある程度の時間に耐えられる。政治の領域でいえば、外交はまさにそうあるべきだ。意見に比べて熱したすく冷めやすい気分に左右されると、ブッシュ政権の対テロ政策のように行き詰まってしまう』と。この<時間>という概念は不要であると思う。意見と気分の違いは、<真剣さ>にある。事の重大さを認識して真剣に考えるか否かである。<自民党をぶっ壊す>と髪振り乱すと<エエワー>と思う。<自衛隊の居るところが非戦闘地域だ>というようなヘネチョコ答弁に疑問を感じない。・・・そんなミーハースタイルしかない人間に意見なんか浮かぶはずがないんじゃ」

4、三郎「ともあれじゃ。佐藤準教授の言う輿論。これがない日本はおしまいじゃ。佐藤準教授は『言語化できない世論=気分を、対話可能な輿論=意見、へと造り替えていく作業が重要だと思う』と言うちょる。同感じゃ。要するに、重要な事柄について、<真剣に、論理的に考える>、あるいは<議論する>姿勢が大切じゃ。こりゃあ、教育の問題でもあるぞ。小学校で、真剣に論理的に考えるちゅう教育を、果たしてやっておるんかい?」 六郎「正月に多いテレビのバラエティー番組に出てきて、≪人を笑わせさえすればエエ≫と考えているように見える、あの下劣な男女、を見ると、本当に<教育のまずさ>を感じますね」 

5、六郎「全く話変わりますが、・・いや無関係ではない?・・、今日(9日)の新聞2面に、オバマ政権の駐日大使に決まったナイ氏について、『格、業績、識見、そして日本国民への浸透力。いずれをとっても大統領の代理人である駐日大使となるに十分な資格を備えていることが明らかだ』とベタボメ記事が出ていましたが、これも基本は教育の問題ですね。ナイ氏が期待通りかどうか?今後の問題ですが、こんな記事読むと、『日本の首相こそ、こういう(格・業績・識見あり、国民に浸透する)人物でなきゃならんのに、現実は180度反対だ。ホンマニ情けない』と嘆きたくなりますね」

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2009年1月 6日 (火)

老獪=単純化なんじゃろか??

1、三郎「わしゃ、日曜日10時から10チャンネルのサンデープロジェクト見たんじゃ。あの<自己顕示欲の権化田原総一郎氏>が参加者の発言を封じて喋りまくるので有名な<不愉快番組>じゃ。じゃが参加者が割合優秀じゃったから我慢して見たんだ。中身は省略するが、その番組の初めに、<例の田母神事件も取り上げる>ちゅうもんじゃから、その時になったら他のチャンネルに切り替えるつもりだったが、結局、そいつはやらんかったんじゃ」 六郎「田母神事件というたら、あなたの言う≪とてつもなくショウモナイ事件≫ですね?」 三郎「そうじゃ。結局その話は出んかったがのう」

2、六郎「ショウモナイない事だが、黒幕や同調者は多いんじゃないですか?」 三郎「そうなんじゃ。学者・政治家(特に自民党)・評論家に黒幕が多いんじゃ。『昭和史・渡部昇一著・2005年刊』にはちょっと触れたじゃろうが?」 六郎「ハイ、聞きました」 三郎「渡部氏は<シナは満洲でない>ちゅうとる。ここまでは、まーエエが。続けて、渡部氏は『満州国は清朝のラストエンペラー溥儀が父祖の地に起こした国だ。文句のつけようがない。日本人は溥儀のその建国を手伝った。その過程で起こったのが満州某重大事件(昭和3年)・満州事変(昭和6年)であった』と書いておる。満州某重大事件とは関東軍参謀河本大作大佐による張作霖爆殺事件のことじゃが、この渡部説は、いったい、なんじやい??」

3、六郎「その単純化は、即ち<学者の老獪さ>というわけ?」 三郎「老獪とか卑怯とか・・そう見るしかないのう!『キメラ・山室信一著1993年刊』にはこうあるぞ。『そもそもなぜ満蒙という中国大陸の一部を他でもなく日本が領有することが正当化されうるのであろうか。この正当化論拠として持ち出されたのが満蒙は中国固有の領土ではないとする説であった。人種説であった。満蒙がたとえ漢民族固有の領土ではないとしても、それを日本の領土と直ちにつなげるのは飛躍があるし、この論法でいけば逆に満州、蒙古人が日本を占領しても抗弁できないはずである。・・だが満蒙領有化計画は満洲事変勃発後わずか4日にして独立国家案へと後退した。そのことは結局、石原ら関東軍参謀たちが用意した正当化論理だけをもってしては諸外国どころか、同じく満蒙問題武力解決路線を採っていて、立場的に最も近かったはずの陸軍中央さえも説得できなかった』・・・つまり、≪もともとは満州を占領するつもりだったんじゃが、他国との関係もこれあり、誤魔化して独立国にした≫、ちゅうこっちゃ。・・ところが、渡部さんは<シナは満洲でない>に始まって、<溥儀さんの満州建国を日本が助けた>と言うとるんじゃ。2005年になってのう。凄いのう!!」

4、三郎「もう一度言うぞ。渡部名誉教授さんは2005年に、<日本人は溥儀の建国を手伝ったんだ>ちゅうた。・・ところで、ここに『甘粕正彦乱心の曠野・佐野真一著・2008年刊』ちゅう本もある。こうあるぞ。『関東軍参謀として満州事変に直面した片倉衷に、≪満州事変機密政略日誌≫(現代史資料7<満州事変>所収)という1級資料がある。満州事変後の騒乱を中国人の仕業と見せかける謀略工作員として甘粕の名前が出てくる』とな。満州事変勃発の発端となった昭和6年9月18日の柳条湖鉄道爆破は、言うまでもなく、関東軍の板垣・石原両参謀がやらせたんだが、『その直後、甘粕正彦はハルビンに行き、侠客の子分たちを使って日本領事館やハルビン日日新聞・ハルビン朝鮮銀行支店などに爆弾を投げつけた』と書いてあるぞ。現地人の爆弾投擲に見せかけて、<北満の居留民が危ない>と思わせて、日本軍の北満出兵に関する口実を作ったんだ」

5、六郎「甘粕正彦は大正12年の関東大震災に乗じて、無政府主義者大杉栄・妻・甥(6歳)らを絞殺して井戸に投げ込んだ、あの元憲兵大尉ですね?」 三郎「そうじゃ。彼、有罪だったが、2〰3年で出獄し、フランスに派遣されていたが、昭和4年頃かな?、満州に渡って関東軍に協力しておったんじゃ。佐野氏は『甘粕は満洲事変を拡大させ、その後15年にわたる泥沼の日中戦争に引きずり込む一つの端緒を作った陰の主役だった』と書いておる。彼は後に満映理事長になっていたが、終戦時に青酸カリ自殺した。黒板に<大ばくち 身ぐるみぬいで すってんてん>と書いてあった。甘粕は、若い頃から東条英機氏に可愛がられたんだが(二人共同じように、大変な天皇崇拝者だったんだが)、満州事変から日中戦争に・・いや太平洋戦争にまで・・及ぶような、大ばくち打つのに加わった何人かの中の一人・・・かな?おかげで数千万人の日本国民が不幸に陥った」

6、三郎「脱線したが、佐野氏の著書に戻るぞ。・・『板垣征四郎は溥儀連行について<皇帝は営口に着かれ、甘粕が迎えに行き、その行方をくらますため、吉林行きと旅順行きの切符を一緒に買った>と当事者でなければ分からない事実まで明らかにしている』・・関東軍が<満州国建設>を決めた段階で、清朝最後の皇帝溥儀氏を引っ張り出したこと、それに最初から甘粕元憲兵大尉がかかわっていたことを示している。それからこうも書いてあるぞ。『また溥儀連行に直接関わった甘粕本人は、溥儀連行は本庄関東軍司令官から当座の資金として渡された2万円でまかなった、と述べ、湯崗子温泉の対翠閣に着いてから溥儀に次のような条件を提示したと語っている。≪湯崗子のホテルで、余(甘粕)は4カ条の誓約を皇帝に示した。それは、皇帝は①自分勝手に通信しないこと②政治に干渉しないこと、等であり、若し、これに違えば、即刻天津へ送り還すというものであった≫ここでも甘粕は有無を言わせぬ強硬派ぶりを見せつけている』・・・」

7、三郎「このあと佐野氏は、更に、次のように書いている。『溥儀に付き添った大陸浪人工藤鉄三郎が語った≪湯崗子に着くと、宿屋でどてらを着て、すっかりくつろいだ気分になった。翌日の朝、甘粕大尉が来て別室で陛下(溥儀)と面会し密談した。・・甘粕大尉は本庄軍司令官からのお見舞い金だと言って、3千円持ってきた。その金を陛下に使えということは、勝手な行動は許さないということ。つまり<お前はここへ来た以上は、生命は保証する。しかし、軍の言うことはすべて聞かなければならない>という意味だった≫と』」

8、三郎「佐野氏は、こうも書いている。『工藤は著書の≪皇帝溥儀≫のなかでも、<溥儀は軍の高圧的な態度に唖然としてしまった>、と述べている。こう書いている。≪私は、ははア、何かあったなと察して、ころを見はからって訊ねた。<何か秘密のことがありましたか><秘密のことはなかったが・・・>・・私に語った皇帝の顔色は、見るも気の毒なくらい憂いをふくんでいた。皇帝の絶望と落胆はいかばかりであったろうか、察するにあまりある。私も、あいた口がふさがらなかった。軍の横暴がこれほどだとは思わなかった≫と。』」

9、三郎「これらの記述は信憑性があるように思うぞ。渡部名誉教授はそれらを、『満州国は、清朝のラストエンペラー・溥儀が父祖の地に興した国であって、どこからも文句のつけようのない話である。日本人は溥儀のその建国を手伝った。その過程で起きたのが満州某重大事件であり、また満州事変であった』と、あっさり書いている。名誉教授ともあろう人がのう!」

10、三郎「満州国の実態についてはいくらでも語ることがあるぞ。『岸信介・原彬久著・1995年刊』には関東軍と岸との関係・・つまり日本の満州統制体制・・が書かれておるぞ。長々とやるのは面倒じゃから、その本から要点となる言葉をだけを抜き取るぞ。『関東軍は、言うまでもなく満州における絶対支配者であった。70万兵力を擁する関東軍司令官は関東庁長官と駐満全権大使を兼任し、したがってこの現地軍は、文字通り全満州に独裁的権力を行使しえたのである』『岸は2・26事件後わずか8か月にして(昭和11年秋)満州に渡るが、その岸を待ちかまえていたのは、もちろん関東軍である』『岸がまず最初に手がけた仕事は、何よりもまず満州国開発5カ年計画の実行であった』『満州国建国の理想である王道楽土、五族協和はいつの間にか色あせ、満州国は文字通り日本帝国主義の戦略基地として軍需用重工業発展の重責を負わされていく』『日立製作所・日産自動車・日本鉱業・日本化学工業以下130社、15万人を擁する日産の主力を満州に導入することが策された』『岸は日中戦争を、持論の国家統制経済遂行のためのまたとない追い風にした。日中戦争のなか、戦略兵站基地満州を前面に押し出した』『満州国はそれが一応独立した国家の体制を整えていたとはいえ、いかなる角度から見ても、現実には日本そのものであった。疑似国家と言われるゆえんである。そんな中で、岸と関東軍とりわけ東条参謀長との関係が表舞台とは別のところで、しかもアヘンをめぐって通じていたという仮説は十分なりたつ』・・・きりがない。ともあれ、満洲国の実態はこんなもんじゃった。渡部名誉教授のさっきの説明は、なんと!なんと!無邪気?・・いや単純化=老獪?。念のために言うとくが、岸信介氏は首相の座を放り出した安倍晋太郎氏のおじいさんじゃ」

11、三郎「話変わるぞ。・・・東京裁判にインドから判事として参加したラーダービノード・パール氏が『日本無罪論』を唱えたことは有名であるぞ。東京裁判の≪平和に対する罪≫や≪人道に対する罪≫が事後法であり、この裁判は、≪勝者の裁き・報復行為≫である、というわけじゃ。法律論として至極もっともじゃ。・・・事後法・・・あんたがある道路を通った。そのあと、≪この道路は通行禁止だ≫という法律ができて、あんたが罰せられた。・・・こりゃあ、どう考えても不都合じゃ。じゃが、日本は独立の時に、東京裁判の判決を受け入れておるから、今さら文句言えん。・・・それはそれとして、渡部名誉教授とおんなじように、このパール説を引用して『日本はなーんもおかしなことしてへん』ちゅう御仁がおるんじゃ」

12、三郎「『パール判事・中島岳志著・2007年刊』ちゅう本を読んだんじゃが、・・著者中島氏は『田中正明著・パール博士の日本無罪論』を批判しておるんじゃ。こう書いてあるぞ。『無罪という語は<国際法上の罪>に限定して論じなければならない。パールは判決書の中で<東条一派は多くの悪事を行った><日本の為政者・外交官・および政治家らは、おそらく間違っていた><自ら過ちを犯したのであろう>と言明し、日本の為政者に道義的責任があることを明確に示している』と書いておる。中島氏は≪田中正明氏が自分の著書では、そこのところをわざと抜かしている≫と批判しておるんじゃ。<無罪論は、勿論法律論に関してだけのことである。道義論は全く別だ>というわけじゃ。中島氏は、こうも書いてあるぞ。『更に田中は、パールが張作霖爆殺事件を<無謀でまた卑劣である><殺人という卑劣な行為だ>と論じ、満州事変を<非難すべきもの>、満州国建設を<手の込んだ政治的狂言>と厳しく批判したことを、すべて割愛している。さらに、南京事件やフイリピンでの虐殺事件を事実と認定し、<鬼畜行為>と厳しく非難している点にも一切触れていない』・・・」

13、三郎「田中正明さん、も、渡部昇一名誉教授さん、も、同じように老獪=単純化?いや、<単純化>だけじゃなく、<エエトコダケ取り>じゃな。こりゃ、学者としても人間としても、極めて卑劣な行為だ。・・・長くなるから今日は満洲事変などだけにしたんじゃが、渡部名誉教授さんの別の著書を本屋で立ち読みしたら、日中戦争について、『盧溝橋の発砲は中共軍が意図的にやったもの。日本の侵略行為でない』と読めたぞ。たしかに中共軍発砲説もあるが、歴史として確認されておらんのじゃ。他の歴史学者はみんなそう言うとる。渡部さんは平気で断定しちょるんじゃ。・・・学者的良心ちゅうもんは無いんかいのう?上智大学は渡部さんを名誉教授にし、学習院大学は、漢字がロクロク読めない麻生さんを卒業させておるんじゃ。・・・日本の大学も、・・ホンマにホンマに・・、落ちたもんじゃのう!!」

14、三郎「日中戦争の発端を、仮に、渡部氏の言うように<共産軍の発砲がきっかけになった>としてもじゃ、その後間もなく停戦協定ができたんじゃ。昭和12年7月9日午前2時頃じゃ。にもかかわらず、10日朝、部下に進撃命令を出して停戦を破ったのは、彼の有名な牟田口廉也連隊長だったんじゃ≪牟田口廉也ちゅうたら、太平洋戦争末期(昭和19年春)に無謀極まるインパール作戦を主導して、若い兵士たちを沢山無駄死にさせた(退却路には日本軍の白骨累々で、白骨街道と呼ばれた・・)大罪人中将じゃ≫。・・それから、日本陸軍の参謀本部内にまで日中戦争の泥沼化を嫌った停戦説があったのに、昭和13年1月16日に近衛首相が『国民政府を相手にせず』と宣言したんじゃ。<停戦交渉なんかせんぞ>ちゅうこっちゃ。発端の中国側発砲者は不明ながら、日中戦争がその後久しく続いたについては、日本側の動きも作用したんじゃ」

15、三郎「・・・さてと、田母神さんなんかは、渡部名誉教授とか田中なにがしの人となりを知ってか知らずでか??・・・もともと、『自衛隊員の士気高揚のためには、日本国は正しかったことにせんといかん』ちゅう思い込みがあるんじゃろうのう?。歴史を正しく伝えてこそ、国民は正しく行動するのにのう!!・・・思い出したぞ。戦争中、辻政信ちゅう弁の立つ大佐がおった。ノモンハン事件の時(昭和14年)は関東軍参謀であったが、独断で戦線拡大して大敗し、沢山の若者を無駄死にさせた。太平洋戦争初期(昭和16・7年)にもおんなじことやった。大罪人じゃ。それが戦後に衆議院議員を4期もやった。日本国民が選挙したからじゃぞ。・・・国民に人を見る目がないと、子孫がエライ目にあうぞ・・・危ないのう!!!・・・自衛隊幹部が牟田口廉也タイプであったり、辻政信的であったりしたら、エライコッチャで。60〰70年前の事実は、すなわち、今日再び起こりうることなんじゃぞ」

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2009年1月 1日 (木)

ナンダコリャこれくしょん、面白かった

bs2の9,50からの「日本ナンダコリャこれくしょん」は面白かった。正月テレビはほとんどが、バラエティー?グチャグチャベチャベチャ、騒がしくて品ないが、このbs2番組は、約10人の、作家とか映画監督とか、俳人とか・・・、で賑やかだったが、実に面白かった。一風変わった俳句の品評会だ。順位がついた。1位は二つ。「露人ワシコフ叫びて石榴(ザクロ)打ちおとす」と「戦争が廊下の奥に立ってゐた」だった。最初のは、「2階から隣の庭見ていたら、ワシコフというロシア人が叫び声上げながら庭のザクロの実・・赤くて硬くて口をあけたような実・・を打ち落した」という想像ができる。ワシコフさんの顔つきやその心の内をどうにでも想像できる。次のは分かりやすい。戦争中(昭和12〰13年頃?)の作品。戦争とは憲兵のこと?この作者は、事実、検挙されたらしい。反戦的作句で?・・・廊下とは、我が家の廊下?何かの会場の廊下?その奥・・何か良く分からないもの?・・・、それが憲兵だった。戦争という怖いものを携えて・・・、か?・・・それから「鞦韆(ブランコ)は漕ぐべし愛は奪うべし」もあった。難しい文字のブランコよし。ブランコを漕ぐには意志・努力が要る。大きく漕ぐと、さまざまな景色になる。遠くも見える。前半が後半に生きている。・・・17文字の俳句はさまざまに解釈できる。なかなかに面白い。

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