歴史は生きている
1,四郎「あんた閔妃(ミンピ又はビンヒ)殺害事件ちゅうの、知っちょるかい?」 六郎「いえ。知りません」 四郎「そうじゃろうのう。この<ミン>とか<ビン>とかの文字、つまり、<門構えのなかに文>ちゅう文字は、パソコンで漢字変換しても出て来やせんのじゃ。知らんの無理無いかのう!・・・じゃが、それが残念じゃな。閔妃ちゅうのは1841年(天保12年)~1895年(明治28年)間生きた朝鮮王妃じゃ」 六郎「その殺害事件とは?」
2、四郎「日清戦争は明治27~28年じゃった。日本が勝って、朝鮮で、日本は清国より発言力を持った。ところがじゃ、清国にかわってロシアが朝鮮に接近して来たんじゃな。この頃、朝鮮国王高宗の妃である反日派の閔妃が権力を得て来て、親露派が台頭してきたんじゃ。そこで功を焦ったのが、朝鮮駐在の日本国公使三浦梧楼(ゴロウ)じゃ。三浦は、明治28年10月8日未明、本国に無断で、配下を連れて王城に押し入り、国王の父大院君を擁立してクーデターをやった。閔妃を斬り殺したんじゃ。これが閔妃殺害事件じゃ」 六郎「朝鮮の王妃を日本の公使らが斬り殺した?」 四郎「そうじゃ。不思議かい?」 六郎「・・」
3、四郎「日本政府は朝鮮政府に対して『日本政府は無関係。遺憾である』ちゅうて、召還した三浦らを調べたが、結局、証拠不充分ちゅうことで不起訴にした。こりゃあ、昭和の張作霖爆殺(3年)や満州事変(柳条湖事件・6年)の、犯人不問にする、ちゅう処置に繋がったんじゃな」
4、四郎「さて、閔妃事件に戻るぞ。一昨日・8月28日の朝日新聞19面の『歴史は生きている』のなかに、『知っていますか明成(ミョンソン)皇后』ちゅうのがあるんじゃ。明成皇后とは閔妃の死後贈られた称号のことなんじゃ。44歳で、三浦悟楼に斬り殺された、あの閔妃のことなんじゃ。ミンピ・・ビンヒ・・どう呼んでもエエぞ。ビンピと読む人もおるかのう?閔ちゅう文字は『あわれむ』ちゅう意味じゃ。閔然(ビンゼン)ちゅうたら『いかにも哀れなさま』じゃ。脱線したな」
5、四郎「閔妃殺害事件から100年目の1995年、韓国で『ミュージカル明成皇后』が登場したんじゃ」 六郎「それはまた、どうして?」 四郎「明成皇后とは尊称だが、彼女は國際感覚にあふれ、朝鮮の未来に確固たる理想を描いている女性に描かれて、ミュージカルとしてもドラマとしても大ヒットしたんじゃ。韓国だけでなく台湾・中国などでも大ヒット」 六郎「日本での閔妃、とは異なる女性として?」 四郎「そうじゃ。日本でも、ノンヒィクション作家角田房子さんが『閔妃暗殺』を書いたんで、それは、日本の歴史教科書の記述にも影響を与えたそうじゃぞ」 六郎「歴史は事実だが、それの記述にはさまざまな立場がある?」 四郎「そうじゃ。ドラマ・ミュージカルなど、つまり芸術作品になれば、美化され過ぎる場合もあるじゃろうが、極力、公正な歴史事実が必要じゃな」 六郎「国と国、国民と国民が協力しあって?」
6、四郎「①それが、長い目で見て、平和に繋がる可能性を高める②歴史事実を知れば、過ちの繰り返しが防げるかも知れん。・・・じゃのにじゃ、・・・もう分かったじゃろうが、わしが何時も言うておることじゃ。・・・日本国民も,政治家も歴史を知らなさ過ぎる。事実を知っておっても、まともな解釈をせん。昭和初期とおんなじ過ちをやろうとする輩が多過ぎる。・・・そうそう、三浦梧楼・・・ありゃあ、長州出身で、高杉晋作の奇兵隊におった。陸軍中将になったが、同じ長州の山県有朋と対立して、それから朝鮮公使になって、ほんでもって、閔妃殺したんじゃ。明治28年(1895年)はまだ、日本が朝鮮併合しておらん時期じゃが、朝鮮は、もう半分日本の属国みたいな気分、じゃったんじゃろうなあ」
7、四郎「今の自民党政治家に、三浦梧郎と大して変わらん歴史認識の持ち主が沢山おるんじゃのう。昭和の陸軍将校とおんなじ意識の政治家が多いんじゃのう。・・・これじゃあ、歴史は繰り返すわい。その時の悲惨な被害者は庶民じゃ。大衆じゃ。われわれの孫たちじゃ。お、それから。朝日新聞は、わしの投書に応えてくれておるわけじゃないじゃろうが、ここに来て、歴史を分かりやすく書いておる。エエこっちゃで。・・・問題はじゃ。読まん人間が多過ぎるこっちゃ。わしの娘なんかも、そうじゃ。ほんまに、知る楽しみ、考える楽しみ、を知らん不幸な人間じゃ。子・孫に対する責任感絶無の人間じゃ。あわれじゃ。人生一度しかないぞ」
8、四郎「又高杉晋作が出てきたが、彼は、坂本竜馬と飲んでおる時に、・・・『斯くすれば斯くなるものと知りながら 止むに止まれぬ大和魂』 と詠んだんじゃ。・・・斯くすれば斯くなるものと知り得る・・には、歴史そのほかに関する知識が必要じゃ。経験が必要じゃ。 止むに止まれぬ大和魂 は、 止むに止まれぬ正義感 止むに止まれぬ人間愛 でないといかんぞ。大和魂なんちゅうて、ただただ、勇ましい事・格好エエこと、ばっかり想定するのは、三浦梧楼や元帝国陸軍将校らのような暴虎馮河の独善的大和魂じゃ。 晋作や竜馬は、そんなアホみたいな大和魂考えておらんかった筈じゃ。・・晋作に応えて竜馬は 『斯くすれば斯くなるものと我も知る なお止むべきか大和魂』 と詠んでおるぞ。・・・ことのついでに言えばじゃ、先の内閣改造劇見ておっても、議員ら、特に、与党自民党・公明党議員らの低劣にしてエゴなる行動は、まさに、『斯くすれば斯くなるものと知りもせず ただやみくもにポスト求める』じゃのう。あさましいのう。ほんまに」
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